びーむ色調補正3

反骨の炎の果てに


アンダラのこの日のポイント2は川後Pの卒業でした。

アンダラ皆勤賞。

それを初めて聞いた時、彼女は「悔しくて泣いた」そうです。

なぜならそれは2014年4月のアンダラ開始から4年8ヶ月の間、一度も選抜に上がれなかったことを意味しているから。

しかしこの日、彼女はこう語りました。

「私が誇れるものがあるとしたら、それは乃木坂46のメンバーで一番ライブをやってきたということです」

その曇りのない笑顔を見た時に思いました。


ああ、もう本当に「反骨」のアンダーは終わったんだ。


意味わからないですよね笑

さゆ推しである自分にとって、初期アンダラ、特に2ndシーズンが至高です。

初期アンダラ。

当時、今からは想像できないほど選抜とアンダーには格差がありました。
率直に言って、選抜メンバー推しのファンはアンダラにほとんど興味を持っていませんでした。
一部の心ないファンはアンダーを「無職」「2軍」と揶揄し、アンダラのことを「アンダー固定メンバーのガス抜き企画」と笑いました。

運営からも最初は「ビジネスにならない」と判断され、楽天カードの販促イベントとしてスタート。
握手券3枚での特典会として募集してもまったく応募がなくメンバーがブログでファンに呼びかけるという屈辱。
アンダラスタートから2年たち、武道館公演まで成功させた自信を胸に挑んだ東北シリーズでまたも集客できず、心をへし折られたこともありました。

何度も何度も現実に打ちのめされながらも、反骨の魂を燃やし選抜を食ってやろうと全員が懸命に闘っていた、あの頃のギラギラしたアンダラが忘れられません。

当時と比べると、正直言ってこの日の客席の雰囲気は若干物足りなく感じました。

当たり前ですよね。

当時のアンダーは、冠番組さえ出演させてもらえず、もちろん外仕事なんてものもない。全体ライブでの見せ場も全くない。

メンバーもファンも、アンダラにすべてをかけるしかなかった。
そしてそれすら次回開催の保証などなく、いつ終わるかわからなかった。

それに対し現在ではアンダーメンバーも当たり前のように『乃木坂工事中』や『NOGIBINGO!』に出演できます。全体ライブではアンダーのコーナーが設けられて、舞台やグラビアの外仕事も定期的にあり、かりんちゃんに至っては全国ネットでのTVレギュラーまで持っています。

そしてアンダラ自体、乃木坂の重要コンテンツとしてほぼ毎シングル開催されています。

当時のような切迫感など望むべくもありません。


でも、もういいじゃないか。

闘って闘って、ようやく得た平和なんだから。

現在のアンダーの地位、それはこれまでアンダラで己の魂を削るようなパフォーマンスをしてきたメンバーが勝ち得たものなのだから。

アンコール、『帰り道は遠回りしたくなる』の大間奏できいちゃんとくるくる回りながら笑顔で顔を見合わせる川後P。

そのやり切った誇らしげな表情に、素直にそう思いました。


未来も希望もなかったアンダーが、今こうして乃木坂の重要なファクターとして確立されている。

アンダラの守護神として、その道のりすべてを見届けてきた人が、この日卒業しました。


毒舌だけど、それはメンバーのことが大好きでよく見ているから。
だからこそメンバーをプロデュースすることができて。
でも自分をよく見せるのはちょっと苦手でついつい自虐に走ってしまう。

本当はきっと素直でいい子なのでしょう。
あの橋本奈々未が可愛がっていたのですから。

MCで楽しそうに彼女とのエピソードを語る佐々木琴子を見つめて穏やかに微笑む川後P。
その表情は、彼女が敬愛してやまない「聖母」まいまいを思わせるものでした。


川後陽菜さん、7年間お疲れさまでした。



まだ続きます。
【乃木坂46ライブレポ】2018.12.20 アンダーライブ@武蔵野の森総合スポーツプラザ⑤