ロスジェネはえてしてこだわりすぎる

カテゴリ:乃木坂46 > メンバー考察

タオル補正
2020年7月10日、アシスタントを務めているラジオ番組内で中田花奈さんの卒業が発表されました。

自身の冠番組で「本当はもう卒業しているはずだった」という発言をしたばかりでしたので特に驚きはありませんが、やっぱり寂しいですね。

「下がっていくアイドル」


「上から読んでもなかだかな、下から読んでもなかだかな、横から読んだら、だ!」

この乃木坂史上屈指の秀逸なキャッチフレーズでスタートダッシュを決め、デビューシングル『ぐるぐるカーテン』で選抜入り。2ndシングル『おいでシャンプー』では初のフロント&福神入り。

しかし彼女自身の言葉を借りればこれが「中田の全盛期」となります。

続く3rdシングル『走れ!Bicycle』も選抜入りしたものの、4th『制服のマネキン』では秋元真夏サプライズ選抜入りのダシに使われる形で無念の選抜落ち。

5th6thは連続で選抜されるものの、以降はアンダー定着。
彼女が再び選抜に戻ったのは実に約3年9ヶ月後、17thシングル『インフルエンサー』まで待つ必要がありました。

その後、19th『いつかできるなら今日できる』では映画『あさひなぐ』出演メンバーとして、25th『しあわせの保護色』では1期生全員福神という形での選抜入りがありましたがそれ以外はすべてアンダーでした。

アンダー曲でセンターを務めたのは4thでの『春のメロディー』そして21stでの『三角の空き地』の2回。それ以外はアンダーでもあまりフロントはなくほぼ2列目でした。(ただし3列目になることはありませんでした)

とはいえ比較的多くのチャンスをもらったメンバーでもありました。
他星ユニット、サンクエトワール、女子校カルテットなど数多くのユニットに参加し、乃木團やさゆりんご軍団の一員でもありました。グループ内舞台の『じょしらく』『弐』『セラミュ』にも出演しています(演技には苦手意識があったようですが)。

長きにわたり配信番組とラジオのレギュラーを持ち、趣味の麻雀を活かして冠番組をゲットするなどの活躍も見せました。

しかし選抜の硬直化、後には3期生たちの躍進もあり、彼女がかつてのような存在感を取り戻すことはありませんでした。

あの日見せた会心の笑み


なんか器用そうに見えて不器用な人だったな。
それが私の印象です。

賢くて色々考えてしまう彼女は自分と他のメンバーを比べ、グループの中での立ち位置を計算していたのだと思います。そして意図して王道ではなくカウンターであろうとしたのでしょう。
ですが悲しいかなセルフプロデュース能力はそれほど高くなかった。

その言動がたびたび批判を浴びました。

3期生バレンタイン企画で(2期の時の同企画で齋藤飛鳥が立候補しては振られまくった結果跳ねたのを模倣して)立候補しまくったり、たびたび父親との不仲ネタを話したり。もちろん「台本じゃん」と言われればそれまでですが、だとしても彼女はこの手のネタをやるのに向いていなかった。

有名私立女子校出身で勉強もでき、乃木坂初代頭脳王の座にも輝いたこと。そしてクールな性格っぽいビジュアル。これらのバイアスによりどこか「可愛げがなく」映ることがあったように思います。個人的には「ウチ」という一人称も良くなかったかと。

そして前述の「中田の全盛期」をはじめとした自虐。

本当にそう思っているのか、アイドルは弱みを見せないものという美学なのか、それとも単なる自己防衛本能なのか。これも見ようによっては「わかってます」「効いてない」アピールのようで、プライドが高いという印象を与えたのではないでしょうか。

また「クセが強い欲しがりで聡い」という同タイプに秋元真夏という強力なライバルがいたことも不運でした。早々にぶりっ子キャラを確立しやり切る真夏さんに対し「バカになり切れない」かなりんはどこか思い切りが悪く、それもプライドの高さと感じられてしまったように思います。いや「カナヲ」はとてつもなく振り切ってるんですが笑

でも、メンバーからは慕われていました。

多くのメンバーが彼女を「優しい」と言っていました。
ダンススキルにも定評があり、歌番組に選抜メンバーが出演できない時には代打出場で見事なパフォーマンスを見せ「代打の神様」と称えられることもありました。

切れ長の目をした和風美人。肌の綺麗さもメンバーから羨望の声が上がるほど。
ただ逆に言うと地味目の顔立ちで今どきのアイドル顔ではない気がしますが、先日の『乃木坂工事中』でも松村沙友理が「この顔になりたい」として挙げていましたし井上小百合もかつてモバメで何度も「かなりん美人!」と書いていました。

2018年7月の「シンクロニシティライブ」こと6thバスラでのビジュアルはとんでもなく仕上がっていたのを憶えています。

ブログやモバメは頻繁に更新し、握手対応も良好。
自分のファンにしっかり向き合っていた印象があります。

つい最近書いたように、私としては46時間TVの中で見せた母のような穏やかなたたずまいが非常に好感の持てるものでした。でもきっとあれは卒業を決めていたからこそ素直に出せた姿なのでしょう。



彼女にも忘れられないシーンがあります。

2017年末のレコード大賞における『インフルエンサー』。多分、皆さんと同じですね笑

本編。生バンド演奏に合わせ情熱をほとばしらせて舞い踊るメンバーたち。もうこの時点で受賞を確信する(私が、ですが)ほどの渾身のパフォーマンス。間違いなく乃木坂史におけるベストのひとつでしょう。

そしてこの日のかなりんはフォーメーションのヘソの位置である裏センター。伊藤万理華の卒業に伴い空席となっていたその重要なポジションを務めました。
本来とは違うポジション。しかもレコ大。プレッシャーのかかる条件が揃っている中、彼女は見事に踊りきります。

そしてレコード大賞を受賞した乃木坂46はエンディングで再度の曲披露を行ないました。

その最後のサビ。
カメラに抜かれた彼女は顔をくしゃっと歪め、ちょっと不敵な笑顔を見せたのです。

それはこの日掴んだ勲章とかこれまでの苦悩からの解放とかじゃなくて、ただただ会心のパフォーマンスに対する喜びが溢れ出たように見えました。


最後に今後の彼女に期待することを書きます。

これ本人やファンの方には凄く怒られると思うんですが、乃木坂のスタッフやってくれないですかね。メンバーの活動サポートやアドバイザーとして、様々な浮き沈みを経験した彼女は凄く有能だと思うんですよね。オリジナルメンバーかつダンススキルもあるということで後輩からのリスペクトもあるようですし。

そして10年後ぐらいに坂道とは別の中田花奈プロデュースアイドルグループを見てみたいですね。乃木坂とは似ても似つかないやつを。それを見て言いたいです。「本当はこういうのがやりたかったのか!」って笑


なまじスタートダッシュを決めてしまったゆえに「下がっていく」苦しみを味わったかなりん。

でもそこで代表作『おいでシャンプー』そして「ナカダカナシカ」コールが生まれました。
彼女のアイドル人生には間違いなく「全盛期」と呼べる瞬間があった。それはある意味、とても幸せなことだと思います。

「アイドルはパフォーマンスしてナンボ」

そう語った彼女が卒業前に何らかの形でファンの前でパフォーマンスできることを願っています。

中田花奈さん、9年間お疲れさまでした。







タオル補正

大園桃子は大園桃子


とにかく泣く。

それが大園桃子の印象でした。

武道館でのお披露目会で泣き、『乃木坂工事中』での自己紹介で泣き、2017年の5th YEAR BIRTHDAY LIVEでは泣きながらステージ上を徘徊する。

私も最初、彼女に対して否定的な見方をしていました。

凄くストレートな言い方をすると、可愛い顔と泣き芸で嫌なことを回避してここまで人生乗り切ってきたタイプに見えたんです。

実際『NOGIBINGO!8』最終回での最後の試練としての企画、6時間で振り入れして1,000人の前でチアダンス披露でも「できるわけない…」「帰りたい…」という逃げの姿勢が映されていました。

その印象がいつから変わってきたのかは憶えていません。

ただ決定的だったのは、2019年5月に放送された『乃木坂工事中』での3期4期が富士急ハイランドのアトラクションに挑む企画でした。

名物ジェットコースター「FUJIYAMA」での発車前の悲しげな表情から「死んだら仕方がない…死んだら仕方がない…死んだら…死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」という独特な辞世の句。

これまた名物のお化け屋敷「戦慄迷宮」でゾンビに「話のわかんない人だ」とか「君も一緒に行く?」と語りかけてしまう姿。

TVを観て大笑いしながら思いました。

あれ?俺、大園のこと大好きじゃん。(ガチ恋ではありません、念のため)

ひとたび好感を持ってしまえば、彼女は魅力満載です。

パッと花が咲いたような笑顔。
そこに咲いている花じゃなくて、ポン!と開いたその瞬間の花のような。

そしてその笑顔の時のパカッと開いた口。
あれ見るたびに毎回「切ったスイカみたい」と思います。

ちょっとハスキーで可愛い声。そこに鹿児島訛りが加わるのですからもはや反則笑

「こーむいーん!」とか「もにもに もにもに ぴょんぴょん」とか素晴らしいですよね。
(ご存じない方はYouTubeで「大園桃子 こーむいーん」「大園桃子 モニモニダンス」で検索してみてください。一撃です)

感情移入がもの凄い。
グループの内外を問わず、他人の話を聞いて涙を流す姿を何度も観てきました。


そして彼女の最大の魅力。

それは「大園桃子は大園桃子でしかない」こと。

これにつきます。

2019年夏に公開されたドキュメンタリー映画『いつのまにか、ここにいる』の中で、自身をこう表現しています。

「アイドルとしてではなく、素の自分としてしかいられない」

アイドルとしての自分を演じることができない。
それはプロとしてどうなのか、という意見もあるでしょう。

しかしこれは本来とてつもないアドバンテージです。
普通にやっているだけで(「だけ」はちょっと違うかもしれませんが)あれほどの魅力を発することができるのですから。

そして心からの喜怒哀楽は見る者の心を動かします。リアルにはフェイクが決して持ちえない力があるのです。

しかし同時にこれは彼女の最大のウィークポイントでもあります。

同じ映画の中でこうも語っていました。
「だからキャラややり方を否定されたら、自分が全否定されたようになる」
「ありのままの姿でぶつかっていけば、ズタズタに傷つく」とも。

アイドルを演じているのであれば、それを否定されても演じ方を変えれば受け入れられる可能性があります。

しかし彼女が否定されるのは大園桃子そのもの。逃げ場がありません。

そして2019年、彼女が持つそんな危うさが顕在化してしまいます。
春先から不安定な状態が続いていた彼女は、体調不良のため真夏の全国ツアーと24thシングルの活動に参加しないと発表されました。

彼女のことばは刺さる


でも、そんなありのままの彼女が素の自分として発するからこそ、そのことばは聞く者の心に刺さるのです。

前述のドキュメンタリー映画を観た多くの観客の記憶に彼女の言葉が残っていることでしょう。

「大好きな人と会えなくなることに強くなる必要ありますか」
メンバーの卒業についての言葉です。

「サヨナラに強くなれ」なんて言うけれど、物分かり良く笑顔で見送るなんてできない。傷ついたって、ちゃんと別れを悲しみたい。

卒業メンバーを見送るファンの偽らざる思いと同じではないでしょうか。

「乃木坂も悪くないなって思った」
2018年末のレコード大賞パフォーマンス後に言った言葉です。

桜井玲香が「メンバーへの愛が溢れて止まらなかった」と表現したあの日。
大園桃子もそれと似た感覚を抱いていました。

乃木坂を知らずに乃木坂になってしまった彼女、気づいたらそのセンターにまで立ってしまった彼女。それがメンバーのことが大好きになり、少しずつゆっくりとではあるけれどグループへの愛着も生まれ始めた。

それは、乃木坂がどこにあるかなんて何も知らずに来た、気づいた時には坂を上っていた1期生たちの、ゆっくりと時間をかけてメンバーとグループへの愛を育んでいったその歩みと重なります。

全部オリジナルの、心からのもの。
だから大園桃子のことばは力があるのです。


そして今、世界を不安と悲しみが包む中で彼女が発したことば。



私がこの記事を書こうと思った理由です。

「でも」「そうは言っても」「現実的に考えると」
いくらでもそんな反論が出てきそうな文章かもしれません。

ただ、本当は誰もが気づいている一番大切なこと。
そんなド本質を彼女は拙いながらも自分の言葉で一生懸命伝えているのです。

響きますね。

ACで本人がこのブログを語りかけるCM作ってくれませんかね。
結構マジで外出自粛に効果あると思うんですけど。

みんなで頑張って、みんなで生き延びましょう。





タオル補正
2020年1月26日に公式サイトで佐々木琴子さんの卒業が発表されました。

なんでこうなった。
他にやりようはなかったのか。

そんなやるせない思いが残ります。

どこで間違えた?


彼女が2期生として乃木坂46に合格したのは2013年3月。
まだ中学生でしたが、当初からそのビジュアルは際立っていました。

『乃木坂って、どこ?』内でのお披露目の時点では堀未央奈とツートップと言えるほどの人気だったように思います。

しかしその後、彼女が脚光を浴びる機会は数えるほどしかありませんでした。

初めて参加した楽曲はAKB48小嶋陽菜とのコラボ「こじ坂46」の『風の螺旋』(AKBのシングルに収録)。

いわゆる「ボーダー組」、西武ドームにおける3rdバスラにおいてようやく正規メンバーへの昇格が発表された研究生6名のうちのひとり。彼女たちに初めて与えられた楽曲がその『ボーダー』でした。乃木坂名義の楽曲に参加するまでの間に、既に加入から2年もの月日が経過していました。

2015年と16年には舞台『じょしらく』に出演。2018年には『けものフレンズ2』で鈴木絢音とW主演も務めました。

さゆりんご軍団では副軍団長として、悪ノリする軍団長松村沙友理を冷ややかに眺めるという役割も担います。

印象深いのは2016年11月『NOGIBINGO!』内での企画「ささきとすずき」。
運営はこのふたりをセット売りにして今後押していくんじゃないか。ファンの間にもそんな期待が広がったのを憶えています。

しかし、卒業するまでの7年間で彼女が選抜入りすることはありませんでした。


万人受けする美少女。
「ビジュアルの乃木坂」にあってなお、この視点においては歴代最強だと個人的には思います。

これほどの逸材を活かせなかった。
こんなに見ている側に悔いを残すアイドルというのも珍しいんじゃないでしょうか。

乃木坂もデビューから3年ぐらいはアンダーメンバーの卒業が相次ぎ「志半ば」「グループ内での立ち位置に限界を感じて」という印象でした。

風向きが変わったのは永島聖羅あたりからでしょうか。ファンの欲目かもしれませんが、アンダーメンバーの卒業でも「やり切った感」が出るようになってきます。

近年の川後陽菜や斉藤優里、伊藤かりんは清々しさを感じさせる姿を見せて卒業していきます。
一度も選抜入りすることのなかったかりんちゃんさえ、ラストライブでこう語りました。

 自分のアイドル人生を誇りに思っています

琴子はそう思えているのかな。

それが気がかりです。

消えていく笑顔


いつか覚醒する。

ファンは、恐らく運営もそう思い続けていました。

しかし年齢とともにその完成度を上げていくビジュアルと反比例するように、彼女から消えていったものがあります。

それは笑顔。

『乃木どこ』初登場の際はニコニコ笑っていますし、舞台やライブでも無邪気な笑顔を見せていました。感想を聞かれても判で押したように「楽しいです!」でしたが笑

前述の「ささきとすずき」でも硬い表情の鈴木絢音に対し琴子の方が圧倒的に愛想よく笑顔を振りまいていました。

それがいつしか番組内で笑顔を見せることは稀になり、ライブ中の笑顔も少なくなり、ついにカメラの前ではほとんど笑わないようになります。

握手会で暴言を吐かれてそれ以降心を閉ざしたとも言われていますが、真偽のほどはわかりません。

その握手会での対応も「真顔」「無言」「怖い」などと批判の的になります。

結果として最も目につく人気指標である握手会の完売状況において、彼女はグループ内でも低位でした。その美貌ゆえに根強くあった選抜待望論の声も徐々に小さくなりました。

副軍団長を務めたやさゆりんご軍団や2期生のメンバーとバックヤードにいる時は笑顔だったのがせめてもの救いです。


7年もいたのだから、決して居心地が悪い場所だったわけではないのでしょう。

ただ残ったのは、あれだけの美貌を持ちながら7年間一度も選抜に入れなかったという事実です。

Nobody kwows


結局、ファンサービスという部分が決定的に不足していました。
それが「できなかった」なのか「やらなかった」なのか、彼女の心の内はわかりません。

加入当初からどこか浮世離れしていた彼女。
服装にまったく構わないなど、自分に関心がないかのように見えました。

そして、なぜ他人が自分に関心を持つのか理解できないかのように。

幸か不幸か凄く綺麗な顔を持って生まれてきたために、間違った場所に連れてこられた中学生。

彼女は最初から最後までそのままだったように思います。


3月末日をもっての卒業。

最近の卒業生でこれと同じなのは川村真洋と既に結婚が決まっていたであろう衛藤美彩。
勝手な想像ですが「契約を延長しない」パターンのような気がします。

それでも花道として3月7日に念願の2期生ライブがセッティングされ、コロナウイルスの影響で開催中止となると今度はshowroomでの生配信という代替策まで準備されました。

25thシングルの1期生全員選抜に関する記事でも書きましたが、乃木坂運営は情のある采配をすると思います。

関連記事:
【乃木坂46考察】旅立ちのフィエスタを歌え ~25thシングル選抜発表に思うこと①


卒業発表した自身のブログで彼女はこう書いています。

 卒業したら加入前のように乃木坂46をファンとして応援していこうと思います。
 私は今、それがすごく楽しみです。

なんて悲しい言葉でしょう。

 私は乃木坂46にはなれなかった。

そう言っているように聞こえます。


最後に、彼女のこれからについて。

かつて『乃木坂工事中』内で将来の夢を「会社員」だと語っていました。
その後のブログで「夢がアイドルになることでそれが叶ったから次は…と考えたら会社員だった」と弁明していますしもう5年も前のことですからさすがに今は違うでしょうが笑

整ったビジュアル。無表情。そして個性のある声。

どう考えてもアナウンサーですよね。

堂々とひたすら真顔でニュースを読んでほしい。
そしてキャスターやコメンテーターからの弄りを氷対応でスルーしてほしいです笑

佐々木琴子さん、7年間お疲れさまでした。





タオル補正
前の記事では主に白石麻衣の功績について振り返りましたが、今回は思い出をつらつらと綴ります。

気さくで料理上手で男前なのにビビりのヘタレ


初登場した時の彼女はリア充感漂うギャルっぽいメイクで気が強そう。宣材写真もそんな感じ(これは西野七瀬や斉藤優里もそうでした)。

ドルオタが嫌う…というか苦手とするタイプ。多くの人がそう思ったはず。

しかしそんな予想はすぐに覆されます。圧倒的な美貌の前にドルオタの嗜好など無力笑というのももちろんあります。ですがそれだけではなく、早いタイミングから見えてきた彼女の人柄がとても好感が持てるものだったことが大きかったと思います。

気さくなお笑い好き。
初期でいえば『乃木坂って、どこ?』でドランクドラゴンのコント「ハチャメチャ拳法」を楽しげにコピーしたり、後には46時間TVでのひょっこりはん、最近では『乃木坂工事中』でのシソンヌとのコントなどが記憶に新しいですね。

手際のよい料理上手。
『乃木どこ』で日村さんの好きな料理を振舞うという企画、何をしていいかわからず呆然と佇む松村沙友理(これがまた可愛い)を尻目に時短テクを使いながらテキパキと料理を作り上げる姿が印象的でした。
余談ですがこの時酒飲みながら録画を観ていて、ふたりが「頑張るぞ」とピースする姿に「何だこの可愛さ」と思わず声が出たのを憶えています。

男前。
バカップルの相方・まっつんとの出会いはオーディションの帰り。地下鉄の駅でしつこいナンパに困っていた彼女を救出したのがきっかけだったとか。それ以来まっつんはまいやんにデレデレ。かつて番組で「まいやんと結婚したい~」と言っていたのが懐かしいですね。

なのにビビりのヘタレ。
罰ゲームで電気ナマズを泣いて拒否して例によって高山一実が漢を見せたり。『乃木どこ』の日村さん買い物企画でゲームに負けて買ってもらえず黒い涙を流したり。

初期のまいやんはよく泣いている印象がありました。

『ガルル』で初めてセンターに選ばれた時も「できない~」とまた黒い涙。

本当は前に立ちたいわけではなかったのでしょう。

センター回数は単独2回、Wで2回。
西野七瀬の単独4回、Wで3回の計7回に比べるといかにも少ない。

それが学生時代にあったトラブルに起因するものかはわかりません。ただそのビジュアルで嫌でも目立ってしまうまいやんにとって、皆の前に出て背中からの視線を感じるというのは決して心地よいものではなかったのではないでしょうか。

そのためか、なーちゃんというもうひとりのエースが台頭してきた時に彼女はむしろホッとしているように見えました。

なーちゃんとの関係性はWエース。ふたりでのWセンターも2度ありました。
でもライバルというイメージはほとんどなく、それぞれが相手を尊重し、変な表現ですが相互不可侵な感じがありました。
なーちゃんがまいやんにくっつきに行けないと泣いていたのなんてもう大大大昔の話になってしまいましたね…


そういう意味で彼女と並び立つ存在だったのはやはり御三家のふたり。とりわけ橋本奈々未でした。

どうしても忘れられない場面があります。

2017年2月、5thバスラでの『偶然を言い訳にして』。この日を最後に卒業するななみんとまいやんがふたりでバックステージからセンターステージへと歩を進めます。

後ろ歩きで前を歩くななみん。顔を見合わせ笑顔になるふたり。
しかし次の瞬間、まいやんが突然泣き崩れます。

崩れ落ちそうな彼女に寄り添い、肩を組んで歩きだすななみん。
グループの最初期から、こうして支えあいながら乃木坂を牽引してきたんだろうな。そんなことを観る者に思わせるシーンでした。

まったく違うタイプなのに並び立っていたふたり。孤独兄弟。

奇跡のようなふたり。

いつからか 母のように


いつからか、いつもニコニコ慈愛に満ちた笑顔でメンバーを見守る母親のような姿が目立つようになります。

恐らくそれは深川麻衣の卒業がきっかけだったのでしょう。
彼女の果たしていた「聖母」という役割が失われることを誰よりも重く受け止め、少しでもその役割を果たそうと考えたのではないかと思います。

それに続いて齋藤飛鳥や川後陽菜など拗らせた系の年少メンに慕われていたななみんも卒業を発表。

年長者として、これからは自分がメンバーたちのことを見守らなければならない。
そう決意したとしても不思議はありません。

同じ頃に3期生が加入しその傾向に拍車がかかります。
『逃げ水』では保護者役として大園桃子を暖かく包み込み、彼女の心を開きました。『乃木中』のバレンタイン企画でジングルが鳴るより早くダッシュでまいやんに抱きついたぞのっちの姿が思い出されます。

『パスポート』大ヒット以降はスポークスマンとしての役割も増え、外番組で各方面に気を遣った優等生的なコメントをする姿が多くなります。

いつも穏やかな笑顔で受け答えをする彼女の姿が時々なんだかとても窮屈そうに見えました。

だからこそ冠番組でノリノリで企画に参加したり、バックヤードでまっつんや生ちゃんとはしゃぐ姿が嬉しかったものです。


最後に卒業後のまいやんについて考えます。

卒業後も「基本このままのお仕事を続けていく」らしい彼女。
モデルをやってCMに出て、時々TVに出たり演技をしたりという「タレント」ですね。

彼女もみさ先輩同様に万能型ですが逆に器用貧乏な印象があるので、それが一番いいように思います(その美貌が際立ちすぎているのもそう感じる理由のひとつですが)。

今まで背負ってきた色々なものを一度下ろして、穏やかな気持ちで活動してくれたらと思います。

そして凄く個人的な意見ですけど、運営は彼女のこれまでの貢献に対するご褒美としてソロアルバムを1枚出させてあげてほしい。秋元康の詞ではなく、ソニーミュージックの総力を結集した優秀な作家群で。

彼女の最初の夢だった歌の世界で、ひとつ作品を残してほしいと思います。


8年半もの間、ずっと先頭を走り続けた白石麻衣さん。

あなたがいたから乃木坂は乃木坂になれました。

本当にお疲れさまでした。


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タオル補正
じ~ん~ぐうぅぅぅぅぅ~
さ~わ~げぇぇぇぇぇ~っ!!!

もうこの叫びを、そしてその後に鳴り響く野郎どもの雄叫びを聞くことはないのかと思うと寂しい限りです。

2020年1月7日、スポーツ紙上で白石麻衣さんの卒業が発表されました。

乃木坂の「女神」「美の象徴」と称された彼女。卒業発表を受けて「坂道グループの象徴」という表現も見られました。

ずっと前から覚悟はしていたので衝撃はありませんが、来るべき時が来たという何とも言えない感覚です。

向かい風を切り裂いて


最初から最後まで彼女はトップランナーでした。

デビュー前のお見立て会の時点で既に一番人気。
デビュー曲から福神。24thシングル『夜明けまで強がらなくてもいい』まで全シングルでその座を守り続けたのは彼女ただひとりです。
初めてセンターを務めたのは6th『ガールズルール』。それ以降は23rd『Sing Out!』まですべてフロント。『夜明けまで』では4期生3人をフロントに配置した関係で6年2ヶ月ぶりにフロントから外れたことが話題になりました。

センター回数は24thまでの間に4回。ですが単独は『ガルル』『シンクロニシティ』だけで残る2曲『今、話したい誰かがいる』『インフルエンサー』はいずれも西野七瀬とのWセンターでした。

いち早く個人での活動を始めたのも彼女でした。

2013年1月に『うまズキッ!』で初のTVレギュラー、同年3月には初のファッション誌専属モデル、2014年12月に初の写真集『清純な大人』とそれぞれ「グループ初」の肩書を背負いながらチャレンジし、いずれも高い評価を得たことにより自身だけでなくグループの活躍の場を広げていきます。

そして2017年2月、2nd写真集『パスポート』でついに彼女の名は世間に轟きます。「21世紀に最も売れた写真集」ともいわれるこの作品、その驚異的な売り上げがワイドショー等で取り上げられ、それにあわせてグループの名前もメジャー化します。
その勢いはとどまるところを知らず、2018年にはCM女王の称号までも手にしました。

Get my way


ブレイクスルー。

思えば乃木坂がひとつ壁を乗り越えるとき、そこにはいつも彼女がいた気がします。

例えば初センターとなった『ガルル』。
1st~5thの「生生星路線」では高評価を得ながらも、売り上げという面では足踏み状態が続いていました。
そこでリリースされたのが『ガルル』。一気に売り上げを前作の約1.5倍にまで伸ばします。

当初「AKBの曲みたいで乃木坂らしくない」という批判を浴びましたが(正直私も当時そう思っていました)ライブのブチ上げ曲として完全に定着し、今ではこの曲を嫌いな乃木坂ファンはほとんどいないんじゃないでしょうか。

そして1st写真集。
「1万部売れればヒット」と言われる写真集業界で3万部を超える初週売上をたたき出します(その後も売れ続け現在までに10万部近い売れ行きだそうです)。

翌年2月の西野七瀬『普段着』も同様の好調な売り上げを見せ、ここから各メンバーが続々と写真集を出す流れとなります。実際にすべてのメンバーが2万部を超える累計売り上げを記録し「乃木坂の写真集は売れる」という評価は不動のものとなりました。

さらに2017年。
この年、乃木坂は一気に坂道を駆け上ります。ミリオン達成、ドーム、レコード大賞受賞。
その中心にはいつも彼女がいました。

初のミリオンにしてレコ大受賞曲の『インフルエンサー』ではなーちゃんとのWセンターを務めます。そして前述した通り『パスポート』の記録的ヒットは彼女だけでなくグループの知名度を飛躍的に上げ、間違いなくこの年の大爆発の要因のひとつとなりました。

そしてまいやんは乃木坂にとっての壁だけでなく、アイドル界の常識も壊してきました。

橋本奈々未、松村沙友理とともに「御三家」と称され絶大な人気を誇り「美人よりかわいい方が人気が出る」という定説をあっさりと覆してみせました。

そしてアイドルの寿命。かつては20歳を超えれば「BBA」呼ばわりされ25歳までいる方がおかしいぐらいだったそれを延ばした第一人者も彼女でしょう。

AKB48の篠田麻里子や小嶋陽菜といった先達も20代後半まで在籍しましたが、グループの活動からは完全に一歩引いた印象がありました。それに対しまいやんは卒業発表の瞬間までグループの先頭を走り続け、常にシングルのセンター候補であり続けました。

その姿は20代半ばを過ぎた他のアイドルたちに勇気を与えました。それだけでなく「若さに重きを置きすぎる」既存のアイドルファンの意識を変えたという点で彼女の功績は非常に大きいと言えます。


続きます。

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