ロスジェネはえてしてこだわりすぎる

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タオル補正
『走れ!Bicycle』
乃木坂46、3rdシングル。2012年8月22日リリース。センターは生駒里奈。

ついに出た正解


フォーメーションは以下の通り。

3列目:斉藤優里、若月佑美、井上小百合、市來玲奈、伊藤万理華、深川麻衣
2列目:中田花奈、橋本奈々未、白石麻衣、松村沙友理、西野七瀬、高山一実
1列目:生田絵梨花、生駒里奈、星野みなみ、桜井玲香

個人的には『乃木坂って、どこ?』で選抜が発表された時のことが忘れられません。

選抜メンバー16人が並んだ画面を観て「全員可愛い!何だこのグループ!」と思いました。

1stから3rdまでの選抜は13人固定で残り3枠をローテーションしていましたが、その枠にこれ以降一度も選抜から外れることのなかった深川麻衣と若月佑美が入り、ラスト1枠も伊藤万理華。ほぼ当時の人気上位16人だと思います。

これ言うとみさ先輩押しの方をはじめ他メンのファンに怒られそうですが「ついに正解が出た」と友人に話した覚えがあります。個人的には他にも選抜入りしてほしいメンバーはいましたが(当時中元日芽香や柏幸奈のビジュアルを高く評価していました)、そういう好みはさておき「まあ客観的に見てこれだろうな」と。

スターティングメンバーによる「超初期型」乃木坂46の完成形と言っていいでしょう。

まあ次の4枚目『制服のマネキン』では初のダンスチューン、作曲家・杉山勝彦登場、そして秋元真夏の復帰即福神という激動が待っているわけですが、それはまた別のお話。




センチメンタルがこみあげる


この曲の魅力は、言葉にするとこっぱずかしいんですが「青春感」ってことに尽きます。
それも「通り過ぎた青春感」ですね。

疾走感があって爽やかな夏曲なんですけど、季節は盛夏じゃなくて夏の終わり。

そして大間奏から一気にこみあげるセンチメンタリズム。

 言葉にできない心の独り言
 誰もが見過ごして 大事なその人失うんだ

 走れ!Bicycle 終わる夏 太陽は知っている
 出遅れた愛しさは 君に追いつけるかな

それまで現在進行形のラブソングだったのに、この数行だけふいに視点が俯瞰になります。
大人になった主人公が過去を懐かしんでいるような。
いつか今が思い出になってしまうことに極めて自覚的であるというか。

おっさんになると、こういうのが沁みるんですよね笑

おっさんの話はさておき、もしかしたらリリースのタイミングも関係しているのかもしれません。

2012年の夏ということは白石麻衣と松村沙友理がちょうど20歳になる頃。
そして最大勢力の94年組(当時9人!)にとっては高校生活最後の夏でした。

意識的にか無意識かはともかく、10代の終わりあるいは高校時代の終わりを迎えているメンバーが多かったこの時期だったことが、この曲の持つセンチメンタリズムを加速させているように思います。

「儚げ」で「ノスタルジック」な乃木坂らしさと絶妙にマッチした、というよりむしろそのイメージを決定づけた名曲だと思います。


3期生や4期生が乃木坂の入口だったファンの方には、もしかしたらあまり馴染みのない楽曲かもしれませんが、まだコールさえあまりなかった初期の乃木坂ライブで早々にコールが確定したド定番の曲でした。

そしてこれが元祖「曲中の一瞬の静寂にオタが推しの名を叫ぶ」曲ですね。この後に『ここにいる理由』と『逃げ水』が続きます。(正確には『逃げ水』には静寂ないですけど)

忘れてはいけないのが伊藤万理華が9thシングル『夏のFree&Easy』の個人PVで披露したこの曲のボイパ。
彼女独特の「不安定な歌声(誉め言葉)」を堪能できます。特に裏メロディが絶妙に不安定で秀逸。あれ観るとこの曲とまりっかの良さ、両方を再認識しますよ。(下のリンクは「予告編」なのでさわりだけです)

なんでかわかりませんが私はこの曲を最初から思い出そうとするとどうしても頭の中に『おいでシャンプー』のイントロが流れてきて、なおかつ『走れ!Bicycle』のAメロに着地します。
同士の方いますかね?笑




若くて未熟でひたむきな日々の記憶


もうひとつ、この曲と分かちがたく結びついている記憶があります。

デビューからちょうど半年、そして結成からもちょうど1年後に早くもリリースされた3rdシングル。今の感覚からすると凄いハイペースですね。

そんな慌ただしい毎日を駆け抜けてきた彼女たちの前に突然現れた、地獄。
初めて直面した地獄。

そう、第1回の『16人のプリンシパル』です。

『走れ!Bicycle』はその時の最新シングルであり、テーマソングのような位置づけでした。一幕の結果発表の時にメンバーが着ていたのがこの曲の歌唱衣装だったこともその印象を強めています。

毎日毎日、目の前のファンに順位をつけられる。
「ファンの目の前で」じゃない。「目の前のファンに」です。

『deux』からは役に立候補するシステムになりましたが、最初のプリンシパルは頭から順位をつけてそれによって役が割り当てられるというもの。グループ全体における自分の立ち位置を突きつけられたような気になったとしても無理はありません。実際にはあくまでもその日の観客の主観にすぎないのですが。

今さらだけど、ほんと地獄ですよね。

バックヤードで発生した松村沙友理と生駒里奈の口論。狼狽える橋本奈々未。
記者会見からの逃走。
初めて1位になって泣き崩れた白石麻衣。
意気込みを語りながら腰が抜けて倒れこんだ生駒里奈。

結果が出ずに心をへし折られ、解決策が見いだせないままそれでも毎日PARCO劇場に通わなければならなかったあの日々。

今観れば笑っちゃうほど拙い自己PRですが、当時はどのメンバーも本当に必死でした。

まだ坂道を上りだしたばかりの、まだまだ無我夢中で本当に何者でもなかった彼女たち。
若くて未熟で拙くてみっともなくて、でもそのひたむきな姿に胸を打たれた。

そんなセピア色の記憶が蘇ります。

正直シングル曲の中では影が薄い方だと思いますけれど、自分にとっては特別な曲のひとつです。


こちらの楽曲は音楽配信サイト「レコチョク」でも購入できます>>>
『走れ!Bicycle』/乃木坂46

タオル補正

壮絶で濃密で劇的にして怒涛の2週間


始まったアンダーライブ2ndシーズン。
アンダー曲『あの日 僕は咄嗟に嘘をついた』のセンターを任された井上小百合は座長として臨みました。

しかし、15日間18公演という過酷なスケジュール。
全員出ずっぱり、踊りっぱなしのハードなセットリスト。
以前から痛めていた彼女の膝は限界を超え、ついに欠場という判断が下されます。

そしてその同じ夜、ネット上を駆け巡ったのがあのスキャンダルでした。

未曽有のバッシング。まさに乃木坂史上最大の危機。

凄まじい逆風が吹き荒れる中で迎えた10月11日、昼の部のこと。

六本木ブルーシアターに傷だらけの天使が舞い降ります。

両膝をガチガチにテーピングで固めながら、鬼神のごときパフォーマンスを繰り広げる井上小百合。大切なものを守るため、ボロボロになりながら立ち上がるアンダーメンバーたちの姿は観る者の心を震わせました。

こうしてアンダラ2ndシーズンは伝説となり、かつて「無職」と呼ばれたアンダーの存在価値は格段に向上します。

アンダーライブ2ndシーズンを題材にした小説をnoteで公開しています。
有料記事ですが全14話中の第4話までは無料で読めますので、よろしければこちらもどうぞ。


伊藤万理華との「さゆまり」さらに中元日芽香を加えた「温泉トリオ」。この日々を共に戦ったアンダラセンター3代は、戦友として特別な絆で結ばれることになります。

さゆまり、その闘いと挫折


その後、12thシングルで選抜復帰した彼女。
しかしこの先も決して順風満帆とはいきませんでした。

乃木坂の選抜はさらに硬直化が進んでいました。

星野みなみ、衛藤美彩、齋藤飛鳥とさゆまり。この5人が新たに選抜固定になり、前の記事で書いた「16人中13人固定」から「16人固定」へ。アンチかわしのため一時的に選抜落ちしていた堀未央奈を加えれば「17人固定」。「思い出選抜」枠もなくなり、もはや選抜に空きがないに等しい状況でした。

結果的にアンダーメンバーのファンの敵意は相対的に握手人気が劣っていた生駒里奈、万理華、さゆに向かいます。


そして15thシングル『裸足でSummer』。

運営にとってもこれ以上硬直した状態が続くとアンダーメンバーのモチベーションが保てないという苦渋の決断だったのでしょう。

選抜から落ちたのは、さゆまりでした。

結局、ふたりは運営に「便利屋」としていいように使われていた感があります。それは裏返せば信頼感の表れかもしれません。

ずっと選抜落ちしていないメンバーを落とすとモチベーションが心配だけれど、さゆまりならアンダーでもしっかりやってくれる。そんな計算があったのではないでしょうか。

歌番組で選抜メンバーの代打を務め、アンダーライブを成功させ、『じょしらく』『すべての犬は天国へ行く』『墓場、女子高生』とグループ内の舞台を牽引する。どこにいてもモチベーションとスキルの双方を高く保ち、結果を残し続けたふたりに対する甘え。今となってはそう感じられます。

一説によれば、万理華が卒業を決意したのはこの時でした。


罪滅ぼしのつもりか、ふたりにはユニット曲とMVが用意されます。

それが『行くあてのない僕たち』。

タイトルと歌詞を見たふたりは「何年も必死で頑張ってきたのに、まだ私たちには行くあてがないのか」と号泣したといいます。

それでもこの曲で観せた「背中合わせの相棒」感溢れるふたりのパフォーマンスは強烈な印象を残し、いつしか『行くあて』は名曲と呼ばれるようになります。

2016年神宮。アンダラ中国シリーズ。そして2017年さいたまスーパーアリーナ。どれも忘れられません。


そして2017年10月、伊藤万理華は躍進する3期生たちに道を譲るように卒業を発表。

彼女らしい、潔い引き際でした。


『逃げ水』のMVでスケバンニートに扮したふたりがセグウェイを転がして去っていくシーン。

今観るとなんだか切なくなります。

変わりゆく景色の中で


話をさゆのキャリアに戻します。

16thシングルで万理華とともに選抜復帰し、これ以降は活動休止した24thを除きすべて選抜入り。それでも3期生加入など厚みを増した乃木坂において、「選抜ボーダーメン」のそしりを受け、アンチの激しい攻撃は続きました。

ずっと目標にしていた福神入りは19thシングルたった1回でした。それも盟友・万理華の卒業福神と一緒だったのでまた「抱き合わせ」だの「記念福神」だのとバッシングされます。

握手人気がずっと選抜ボーダーラインあたりだったのも事実です。初期に高い握手人気を誇ったメンバーが早々にいわゆる「握手免除」になり、同じ土俵で勝負できなくなってしまったのも厳しかったように思います。

釣り対応ができないので握手人気が爆発するということもない。いわゆる「勘がいい」タイプではないしボキャブラリーもない(結果ちょいちょい炎上する)のであまり番組では活躍できない。そのため推し変・推し増しもそれほど期待できない。
(これ書いていて気づいたんですが、秋元真夏と真逆のスペックですね笑)

急速に大きくなるグループ。メンバーもファンも入れ替わり新しいものがもてはやされる中、地道に少しずつ少しずつファンを増やし一定の人気を保ち続けたのはむしろ称賛に値するのかもしれません。


2017年には温泉トリオのふたりが相次いで卒業します。

それ以降、常に「次はさゆではないか」という憶測が飛び交っていました。

本人からもいつしかギラギラしたコメントは影を潜め、グループとメンバーへの愛着、そして後輩たちへの信頼を公言するようになります。今にして思えば、自らの引き際を考え始めた多くの1期生と同じように。


2019年7月、全国ツアーへの不参加と24thシングルの活動休止が相次いで発表されました。これまで殺人的なスケジュールを押して参加し続けてきた彼女の不参加に、ファンはいよいよかと覚悟を迫られます。

そして、その日はやって来ました。

アンダラ2ndシーズンの初日から、ちょうど5年後のことでした。


続きます。

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deux補正2
この記事は舞台『SLANG』の内容に関するネタバレを含みます。

オーバーラップする『墓場、女子高生』


井上小百合の舞台を観るといつも思うのが「過去に演じた役柄がさゆの中で息づいている」ということです。

オネムには『レキシアター』のくノ一さんの経験が活きていました。どちらも「夢の国」でよいこのみんなに世界の理を伝えるMC。声の張り方、内面の葛藤の隠し方など、共通点が多かったように思います。

裁判のシーンはなんか『大人のカフェ』での「嘘じゃ、ない」を思い出しました。あれ好き笑

そして、伊都を演じている彼女を観てどうしようもなく思い出されたのが、『墓場、女子高生』のにっしーでした。


最初は楽しげな雰囲気だったんです。
さゆの役名が「オネム」って当て書きじゃん!とかニヤニヤしながら観てました。

でもムネオがフォエバしちゃってブラーンとぶら下がった時点(本当はメズの時点で)でさゆ推しとしては当然『墓場』のあのシーンが強烈にフラッシュバックします。
このあたりから「生きるって何だ」「自分って何だ」「真実って何だ」「現実って何だ」とか色んなことを考えさせられて、最終的には心になんかズーンと重たいものが残る作品でした。

さゆ自身も「観終わった時に頭抱えてう~ってなる感じ」と言っていましたが、まさにそれ。『墓場』そして『すべての犬は天国へ行く』を観た時の感覚が甦りました。正直、こういうの大好物です笑

これらの作品と今回の『SLANG』に通底しているテーマ。

それは「腐った世界との向き合い方(『犬』ではそれが「狂った村」でした)」ではないでしょうか。


万理華さん観てますか


そう考えると『SLANG』の登場人物に『墓場』のそれが重なります。

腐った世界に真正面から向き合って傷つき絶望した櫂。
美しい想像の世界に逃げ込んだ自分には薄っぺらい言葉しかないことに気づいた紡。

櫂=ヒノチ、紡=ヒノチが生きていた頃のにっしー、ですよね。

伊都は、極端にはしるふたりに危うさを感じながらも、微笑ましく見守り世界との接点の役割を果たすバランサーでした。
オネムも「腐った世界の残酷な現実」を細心の注意を払って言葉を選ぶことにより良い子のみんなに伝えていました。
これは、やがて向き合わねばならない現実への備えをさせていたんですね。

真正面から向き合って絶望に墜ちるのとも、そこから顔を背けて自分の世界だけで生きるのとも違う方法。

そんな伊都の姿が垣間見えた平穏な日常での紡との会話が印象的でした。
ほんの短いシーンでしたが、母性すら感じさせたさゆの演技。
『帝一の國』の美美子ちゃんも母性的なキャラクターでしたが、無自覚に振りまいていた美美子ちゃんに対し、伊都はより理性的で深い「すべてわかった上での」ものに感じました。これもまた彼女の新境地と言っていいのではないでしょうか。

「聞く話によると、どうやら世の中は腐っているらしいじゃないのさ」
『墓場』のとても印象的な、そして重要なにっしーの台詞です。

そう語った彼女が、ヒノチの死を受け入れ、自分だけの美しい世界からも出て、腐った世の中で懸命に、でもしなやかに生きている。
伊都は、成長した何年後かのにっしーのように見えました。

この姿をヒノチに見せたかった。
「なんだよ、にっしー頑張ったじゃん」って笑いながら小突いてくれそうな気がします。

もし伊藤万理華がこの舞台を観てくれていたら、なんだかとても嬉しいです。


「にっしー、お前は今でも美しいよ」

「だよね!」

あー、もう一度『墓場』観たいなあ!笑


少し邪道な見方なのかもしれませんが、『墓場』と重ね合わせることによって『SLANG』をより深く味わうことができたような気がします。

井上小百合というひとりの演者を追いかけてきたことの醍醐味を感じました。

もう一度結論言います。

すげぇ良かった。

誰かと語りたくなる良い脚本、良い舞台でした。


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