前の記事では私個人として初めて接した「つか舞台」から受けた衝撃について書きましたが、この記事ではキャストの皆さんについての感想を書きたいと思います。
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クレイジー、では伝えきれない
一言でいえば、みんな「キグルイ」。
まあ、そもそもこの数日前に「なんちゃら人狼舞台クラスター」発生が発表され調査が進められている最中でした。
そんな状況下で観客を入れて舞台をやる、
言葉を選ばずに言えば、やる方も行く方も正直まともじゃない。
そして登場人物はみな明らかに常軌を逸した、でもクレイジーという言葉では伝えきれないどこか哀切ななにかを抱えている人々でした。
憧憬と畏怖と憎悪の入り混じった感情を向けられながらも、自らの思う自分であるために周囲の者を傷つけ破壊しながら走り続ける銀ちゃんと中村屋。
口汚く罵られ足蹴にされても自分にとって大切な何かを手放すまいと懸命に亀の姿勢で耐えるヤスや小夏。
さらに演者自身もまごうことなき演劇グルイ。
かつて私はさゆの演技について「全然違う役柄をすべて見事に演じ分けているのに、それでも役のどこかにいつも彼女の生き様が透けて見える」と表現しました。
しかしこの『銀ちゃんが逝く』では味方良介さんも植田圭輔さんも細貝圭さんも、演者すべてがそうであるように感じました。
演者と役が一体化したような。
役柄を自分のものにしているとかそういうレベルじゃなく、憑依型というのもちょっと違う気がします。
うまく言葉にできないんですが、
「味方良介という名の銀ちゃん」
「小夏という名の井上小百合」
みたいな。
そこにいるのはまさに小夏で、それと同時に間違いなく井上小百合でした。
だからこそ、
傍若無人な振る舞いから漏れ出てしまう銀ちゃんの寂しさとか。
銀ちゃんという絶対的存在に委ね切った自分には何ひとつないことにとっくに気づいているヤスの自己嫌悪とか。
自分よりも家族よりも大事なものを背負わされた中村屋のどす黒い怒りとか。
(凄まじさ、という意味では二幕の細貝さんはとんでもなかった)
そういう全部がどうにもこうにも息苦しいほど生々しくて、辛くて。
胸が掻きむしられるようでした。
人間そのもので勝負できる役者さんが揃っていたのか。
この舞台と脚本、そして取り巻く状況が演者にそこまでのものを出させたのか。
汗をボタボタ垂らしガチで涙を流しながら叫ぶ彼らの姿は異様でおぞましくて、でも憧憬をかき立てられる。
もしかしたら観客の我々が観る彼らの姿=ヤスが仰ぎ見る銀ちゃんの姿、という関係式が成り立つのかもしれません。
銀ちゃんにずっと「テレビ上がり」呼ばわりされていた監督の「あんたが撮りたくて」も味わい深かったです。
「役者だから」
最後に改めて井上小百合の演技について感じたことを書きます。
まさかさゆが小夏を演じる日が来るとは思ってもみませんでした。
だって、あの松坂慶子さんが演じた役ですよ。
若さゆえの「蓮っ葉な」や「ぶっきらぼうな」ではなく、どこか年齢を感じさせる「擦れた」部分が求められる小夏は、これまでのさゆにはなかった役柄です。
そして小夏は激しく揺れ動く、難しい役でした。
女、妻、母、役者
自身の持つ様々な側面のプライオリティが劇中でどんどん-もしかしたら台詞と台詞の間ですら-、移り変わっていくのです。
混乱して矛盾しているけれど、全部嘘じゃない。
人間って、そういうものだから。
観ている者にそう感じさせることができた彼女の演技は素晴らしかったと思います。
上で書いたように「小夏であると同時に井上小百合」であったからこそ、その台詞が、所作が激しく心を揺さぶりました。
特に心に残ったふたつのシーンを挙げておきます。
日本脳炎の後遺症で手足がくっついていて周囲から「だるま」と呼ばれているヤスの甥「マコト」。
そのマコトが「小夏お姉ちゃんと海に行きたいから一生懸命風呂場で泳ぎの練習をしている」ということを聞かされた彼女は泣きながら微笑んで言います。
「笑わないよ。一緒に海に行こう?」と。
サユリスト歴が長い方には説明不要ですよね。井上小百合は決してマコトを笑ったりなんかしない。
もうひとつ。
ラスト、銀ちゃんの階段落ちで彼を斬る役目を任された小夏。
愛する男を斬り、階段から突き落とすことができるのか。
そう問われた彼女は不敵、と言ってもいい笑みを浮かべます。
「できるよ、役者だから」
役者になりたくて、なれなくて。もがいた年月を経て、ついにこの台詞を堂々と言えるところまで来た。
本当によかったな、とか思っちゃいました。
もう完全に小夏と井上小百合の区別がついていませんね笑
観ていて辛くて苦しくて、でも素晴らしい舞台でした。
本当に観てよかった。
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