ロスジェネはえてしてこだわりすぎる

カテゴリ:乃木坂46 > メンバー考察

タオル補正

いくちゃんのぼうけん


一説によれば生田絵梨花は2015年頃に卒業を考えていたそうです。
これは松村沙友理の卒コンでの「くすぶっている時期」発言とも一致します。

「帝国劇場に立てる人になりたい」という彼女の夢。
乃木坂46にいても、その実現に近づけている感じがしなかったのでしょう。

しかし2017年に彼女は大きな飛躍を遂げます。

ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』そして『レ・ミゼラブル』に出演。
レミゼでは見事、帝劇に立つ夢もかなえます。

同年に岩谷時子賞奨励賞を受賞。年末には『MTV Unplugged』でソロライブ
対外的な評価を一気に上げてみせます。

それは並大抵なことではなかったはずです。
いわゆる「村内舞台」ならともかく、そうではない「一般の」ミュージカル。
まして『レミゼ』ともなれば、現役アイドルの生ちゃんの出演を歓迎しない層が一定数いたことは想像に難くありません。

ストレートな表現をすれば「アイドル風情が出てくんな」と。

しかし彼女は怯むことなく舞台に立ち続け、そこに自分の居場所を確立します。

しかも2017年といえば乃木坂が東京ドームとレコ大受賞を成し遂げ一気に坂道を駆け上がった年。
それと同時進行で彼女は世間からの評価を上げ、自身の夢もかなえたのです。
きっと尋常ではないプレッシャーと忙しさだったことでしょう。

その実態が我々ファンの目に触れるのはそこから2年後のことでした。

2019年4月に放送された『深イイ話』。
この時の密着はちょうど大阪ドームにおける7thバスラの時期。
2本のミュージカルを同時進行で抱えていた生ちゃん。
その日も東京で舞台稽古を6時間。そこから移動し大阪に着いたのは22時半。24時から26時過ぎまでリハーサルとピアノ自主練。3時間の睡眠で翌朝7時半から全体リハーサル。

話には聞いてたし想像もしていた。
でも実際に見せられると、その凄まじさに言葉を失う。

番組を観ていた私はそんな想いにかられました。

そして同時に感じたのが、もうとっくに乃木坂の看板がなくてもやっていける状態にある生ちゃんがここまでの無理(というかもはや無茶)をしてまで乃木坂の活動に参加したいと思ってくれているという幸福。


その後も彼女はスケールの大きな活躍を続けます。

2019年に発売した2nd写真集『インターミッション』は推定売上30万部を超える爆発的ヒット。同年には菊田一夫演劇賞受賞

トップアイドルかつミュージカル俳優。
本来は特殊な存在である彼女のそんなありようがすっかり定着。歌番組でのミュージカル特集にもごく当たり前のように名を連ねるようになりました。

生田絵梨花の存在が「乃木坂46」の名を大いに高めたことに疑問の余地はありません。

いくちゃんはなかまをみつけた!


でも、それ以上に大きな功績がふたつあります。

「グループにいながらでも自分の夢をかなえられる」と証明したこと。
そして「外仕事で戦うメンバーとグループを守るメンバーが互いをリスペクトしあっている」という乃木坂を乃木坂たらしめている空気を作ったことです。

これは本当に大きい。

グループアイドルが卒業する定番の理由が「本当にやりたい夢がみつかったから」。
これは逆に言えば(その真偽はともあれ)「アイドルでいるとその夢がかなえられない」ことを意味しています。

それは恐らく「アイドルというレッテルが邪魔をする」そして「グループの活動に拘束される」ことによるのでしょう。

個人的には「グループにいるうちはグループの仕事を最優先するのが当然」という後者の意見も分からなくはないんです。

生ちゃんでさえ、かつてそういった声に晒されたことがありました。
2014年、彼女は休業から復帰と同時に『何度目の青空か?』のセンターに任命されます。
それと時を同じくして発表されたのがミュージカル『虹のプレリュード』の主演。

「復帰して即センターはおかしくないか」そして「自分の都合で休業していたのに復帰したらグループより個人の仕事を優先するのか」という声が一部で上がりました。

この時が恐らく、彼女の乃木坂人生で最もアンチの攻撃を受けた時期でしょう。

でも、もしその声に負けて諦めていたら現在の乃木坂46も生田絵梨花もなかった。

そこから何年もかけて生ちゃんは実績を積み上げていき、乃木坂と自分の幸福な距離感=外仕事で自分の価値を上げて乃木坂に帰ってきた時にグループ自体の「クラス感」を上げる、に辿りつきます。

それができたのは、やっぱり「乃木坂46だったから」だと思うんですよね。

「外舞台」という強い向かい風が吹く場所に出ていった生ちゃん。
それは乃木坂での活動における風当たりの強い場所には他のメンバーが立っていてくれたから。
だからこそ彼女は安心してグループを留守にすることができたし、戻ってくることができた。

例えば
生生星の顔としてお姉さん組ファンからの反感を防波堤となって防いでくれた生駒里奈
対外的に「当たり障りのない優等生的なコメントをする」役目を担ってくれた白石麻衣
クレイジーな思いつきに対しそれを上回るクレイジーさで応えてくれた松村沙友理
そしてもちろんジャイアンを受け止めてくれた秋元真夏、きっとかつては中元日芽香も。

それ以外のメンバーも、意識的にせよ無意識にせよみんなが生ちゃんを守っていたように思います。

とてつもないポテンシャルと常軌を逸した向上心とダダもれの乃木坂愛。
ミュージカルもアイドルもバラエティも、全部本気。
そして、天真爛漫なジャイアン。

そんな彼女だからこそ周囲の人々は愛し、彼女が思いっきりアクセルを踏める状況を作り上げたのではないでしょうか。

これ書いていてなぜか思い出したのが『キャプテン翼』日向小次郎の名ゼリフ。

 いつもひとりだと思ってた俺
 まわりは全て敵だと思ってた俺

 でも俺には
 仲間がいた!

こう呟きながら小次郎は生まれて初めてパスを出すのです。

いや生ちゃんは別に「まわりは全て敵」なんて思ってなかったでしょうけど笑


生田絵梨花という紛れもない至宝。
それを認め支えてきた周囲の人々の優しさ。
そして彼女ほどの逸材が10年間一度も「絶対的センター」にも「エース」にもならずに「ジョーカー」「ワイルドカード」「リーサルウェポン」というある意味一歩引いた立場でいることが許されるほどのグループの底力、層の厚さ。

それがすべて揃うという僥倖によって生み出されたのが現在の乃木坂46と生田絵梨花の姿。

私はそう思っています。


いつもメンバーの卒業に関する記事のラストは「今後について」なのですが、生ちゃんは疑問の余地がありませんね。

ミュージカル俳優。

この先も長く活躍して、彼女を入口に乃木坂を知る人を増やし続けてくれると確信しています。

生田絵梨花さん、本当に10年間お疲れさまでした。

この機会に少しは身体を休めてくださいね。



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伝説のアンダーライブ2ndシーズンを題材にしたセミドキュメンタリー小説。あの頃の熱量を叩き込んだ渾身の50,000文字です。
 

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過去に当ブログに掲載した記事を再構成し加筆したもの。総文字数10万文字、加筆部分だけでも22,000文字以上のボリュームでブログをご覧になった方にも楽しんでいただけることと思います。



タオル補正
前の記事では生田絵梨花の凄さを数字から紐解いてみました。

今回は彼女が残してくれた数々の名場面について。

常識なきミュージカル大好き変人ピアノ女子


ドイツ・デュッセルドルフ出身。
特技は4歳から始めたピアノ。
そんなプロフィールから感じる第一印象は「筋金入りのお嬢様」。

私もそんなイメージに引きずられ、一番最初の頃は「生真面目な優等生で面白みがない子」だと思っていて、正直さほど興味がありませんでした。

握手会でもハキハキと「がんばります!ありがとうございます!」と言ってそうな。
本人も「昔はよく目が笑っていないと言われた」と発言していました。
AKB48の前田敦子に似ているなんて言われたこともありましたね。

そんな彼女が「私立女子校っぽい」と言われた乃木坂の初期イメージ醸成に多大な貢献をしたのは間違いないでしょう。(あとは桜井玲香ですね)

それでもその頃からちょろちょろ後の片鱗を覗かせてはいました。

かの有名な『乃木坂って、どこ?』IH事件とか
47都道府県の県庁所在地が言えますといいながら、わからないと「ちょっと別の県にしてください」とか
エリカ様のコンプレックスは「頭が長い(眉から上が長い)こと」というくだりで設楽さんやメンバーから「カワイイ」「カワイイ」と言われてまんざらでもない表情をしたりとか。

ただ当時は「お嬢様すぎて常識がぶっ飛んでいるだけで真面目な人」という認識でした。「控室ではいつも勉強している」というメンバーの証言もありましたし。

いつからでしょう。
生田絵梨花がこんなに面白可愛いとみんなが気づいたのは。

正直色々ありすぎて時系列を調べるのが面倒なので確認していませんが、いつしか彼女は松村沙友理と双璧をなす名場面製造機へと成長していきます。

GLAY『誘惑』を熱唱したり
画伯としての力をいかんなく発揮したり
「イクタリアン」「エリフラワー」などのオリジナルキャラクターを演じたり(「光!合!成!」ですね)

デビュー4周年「みんなに伝えたいこと」で「キャラ設定とかいらない。ありのままでいい」と熱く語り、設楽さんに「生田みたいな天才肌はそれでいいんだよ」と言われて「なんでそういうこと言うの?」みたいな顔をしたり
グアムでは「キレてないです」と言いながら鬼の形相をしたり。

松村沙友理の卒業記事でも書きましたがぺこー1グランプリも良かったなあ。

今にして思えばお父様のつけたキャッチコピー「変人ピアノ女子」というのがまさに言い得て妙。

個人的に大好きなのは最初の『NOGIBINGO!』での番組批判ウクレレ笑

 ♪ スタッフさんに言われた~
 「お前はこの番組好きじゃないだろう?」と
 なんでバレた~?なんでバレた~?
 その通り~BINGO!~ ♪

素晴らしい。

生田絵梨花のクレイジーさを満天下に知らしめた、という意味で忘れてはならないのが2016年、46時間TVの電視台でのフィンランド民謡『イエヴァンポルッカ』
雰囲気だけなのにポテンシャルの高さと面白さにより押し切れてしまうという生ちゃんのひとつの芸風が確立された瞬間でもありました。

いや結構マジでこれはすごく大きなターニングポイントだったと思います。

生ちゃん自身も「楽しいことを思いっきりやればみんなにも楽しんでもらえる」、ファンの側も「生ちゃんが全力で楽しんでるのをゲラゲラ笑いながら観てればいいんだ」という共通理解ができたのではないでしょうか。

近年ではやはり天井にぶら下がって気づかれないかのドッキリ「同化してるぜ」が秀逸でした。あと地味に「システマを超える我慢強さ」とか。

最後に井上小百合推しとして忘れちゃいけないのをひとつ。
『NOGIBINGO!』のチャレンジ企画でさゆが懸命にバーベルを上げた瞬間、スタジオの端でずっとけん玉に挑戦していた生ちゃんが成功し歓喜の絶叫。号泣しながら意味不明の言葉を発しすべてかっさらったシーン。

これも大好きです笑
推しの見せ場を取られたのに全然嫌じゃありませんでした。

彼女の卒業を知ってから思い出されるのはこんなクレイジーで突き抜けた名場面の数々。

もちろん感動的な名場面も山ほどありました。

個人PVの『君の名は希望』と『Last Days』でかなった、佐久間正英さんとの競演。
2017年東京ドーム『きっかけ』で、肩を組んで花道を歩く中3組の3人。

中でもこのふたつは特に印象深いですね。


続きます。

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2021年10月25日、公式ブログで生田絵梨花さんが卒業を発表しました。

我らが至宝の軌跡を、数字の面から見てみましょう。

死角なし


まずはシングル表題曲におけるポジション。

デビューから27枚のシングルに参加。9thは学業のため活動休止しており不参加。
センターは10th『何度目の青空か?』1回。
それを含め25回の福神(=フロントないしは2列目)で福神を逃したのはわずかに2回。しかもそのうち1回はなぜか福神が5人だけだった8thでありポジション自体は2列目でした。
つまり3列目となったのは2ndのただ一度。

唯一の挫折と言えるその『おいでシャンプー』。

ただこれも(残酷ショーが盛り上がるという)AKB的な手法に凝り固まっていた初期の運営による、悪趣味な演出のダシに使われたというのが率直な印象です。
実際に選抜発表の『乃木坂って、どこ?』では1stでフロントだった生ちゃんの名前がラストから2番目でようやく呼ばれ、「悔しいです」と泣きじゃくる姿が番組のハイライトになっていました。

もちろん白石麻衣の全25作福神&18作連続フロントには及びませんが、それでもセンター1回、フロント15回、2列目10回、3列目1回という堂々たる数字。
ちなみにデビュー前の「暫定7福神」にも選ばれていました。


続いて、握手人気。

個人的には握手人気の推移って、初期はとにかく御三家が抜けた人気で4thあたりからはそこに西野七瀬と秋元真夏が加わった。そのふたり…というか特に真夏が一気に釣り対応でのし上がったことにより全体的に握手対応が向上して深川麻衣や衛藤美彩、桜井玲香や若月佑美が売り上げを伸ばした(いわゆる「真夏ショック」)、ぐらいの認識でした。

しかし今回改めて調べたところ、若干違いました。

生ちゃんの握手人気は当初からずっと上位で、特に年少メンバーというくくりではちょっと抜けた存在。
その頃は真面目な対応でそれほど面白くないという評判だったのに!笑

一瞬だけ「真夏ショック」以降に握手対応が向上した衛藤桜井若月の後塵を拝すも、すぐに並び返します。

概ね橋本深川真夏の次あたりにつけており、13th『ハルジオンが咲く頃』ぐらいからは衛藤真夏と並び白石西野に次ぐ完売速度。

最終的に22nd『帰り道は遠回りしたくなる』からいわゆる握手免除になるまで、常に上位人気を保ち続けたのです。


そしてもうひとつ、彼女を語るうえで外せない数字が『16人のプリンシパル』。

2012年、最初のプリンシパルでは9戦6勝2着3回(高山、白石、高山)。
※カッコ内は負けた相手

30人が参加してたった一人だけが勝つ。その過酷なレギュレーションでこの恐るべき勝率。

翌2013年の『deux』。
東京公演15戦13勝、敗れた2回も敗者復活(松村、西野)。
大阪公演5戦4勝、敗れた1回も敗者復活(橋本)。

2014年の『trois』。
22戦17勝、敗れた5回も敗者復活(ちはる、白石、高山、星野、橋本)。
この時は千秋楽昼の部の生田、白石、橋本の激突という伝説のマッチアップにも勝利しています。

『deux』以降は役に立候補したメンバーの中からひとりに投票する形となり、そこで敗れた中でも得票数の多かったメンバーがアンサンブルとして二幕に出演しました。それをここでは「敗者復活」と表現しています。

通算51戦40勝2着11回。

勝率は驚異の78.4%。
そして連対率…というか生涯二幕出場率100%。

さすがに調べるのが面倒なので他のメンバーの数字までは計算していませんが、確認するまでもなくぶっちぎりの成績。


ポジション、握手人気、プリンシパル。
この目に見える数字すべてで彼女はグループ屈指の結果を出し続けました。


序列と人気とサムシング


ここまで見てきた数字のどこが凄いのか、さらに掘り下げてみましょう。

それは「変わり続けたのに強い」そして「全方位に強い」という2点です。

まず「変わり続けた」。

もちろんグループ自体がこの10年で大きく変化しましたし、それぞれのメンバーも成長という名の変化を遂げています。

しかしこと変化の度合いでは生ちゃんはグループ内でも屈指の存在でしょう。

5thまでの生生星時代はフロントとして「若きホープ」
14thまでの白石西野時代は「次期エース」
22ndまでの白石西野飛鳥時代は…「外務大臣」かなあ。
28thまでの飛鳥3期4期時代は「ジョーカー」「リーサルウェポン」

グループ内での役割も本人をめぐる状況も、なんならビジュアルイメージだって変わり続ける中、上で書いたように常に5本の指に入るぐらいの人気と序列を保ち続けたわけです。

私の偏見かもしれませんが、アイドルファンというのは基本変わることを是としない傾向があると思います。
にもかかわらずこの安定感というのは特筆ものです。

改めて表題曲のポジションを時系列で振り返ってみましょう。

1stから5thの生生星時代は2nd以外すべてフロント。
6thから8thが2列目で9thは休業。
そして10thが復活センター。
11thからはフロント11回、2列目7回。

ただ2列目はほとんどが2017年の17th『インフルエンサー』以降です。
この年はミュージカル『ロミオ&ジュリエット』『レ・ミゼラブル』に出演し、本人の夢であるミュージカル俳優への道が大きく開けた時期。
スケジュールの都合により歌番組の収録に参加できないことも増え「生ちゃんセンターにしたくても新曲のプロモーションに穴開けちゃうから無理だよね」的な論評で語られだしたのもこの頃からです。

生生星としてデビューシングルからフロントに立つも、それが路線転換により自然消滅。
生駒里奈は3列目へ星野みなみはアンダーも経験する中でただひとり2列目までをキープし続け常にセンター候補であり続けた。

ちなみに(ふたりを貶める意図はありませんが)生駒ちゃんは12thまで福神キープ(基本2列目、『気づいたら片想い』のみフロント、『太陽ノック』はセンター)。13thでセンターから一気に3列目に下がり、以降は『インフルエンサー』と『シンクロニシティ』のみ2列目(=福神)。

星野みなみは3列目、アンダーと経験し、10th以降は2列目と3列目をいったりきたり。2列目7回3列目11回、フロントは『保護色』のみでした。


そして「全方位」。

上で挙げた数字はそれぞれ、ざっくり言えばこれらを反映しています。

 シングル表題曲のポジション=序列
 握手会人気=人気
 プリンシパル=人気+序列+スキル+会場の空気×サムシング

つまり、生田絵梨花は「運営による序列」も「ファンからの人気」も「サムシング」も強かったわけです。

そもそも生ちゃんってゲームのキャラクターならパラメータ的に最強じゃないですか。
ビジュアル、スタイル、歌唱力、ダンス、演技力、バラエティ力そしてキャラクター。全てがハイクオリティ。

にもかかわらず、一番強かったのが「サムシング」込みのプリンシパルというのがまた面白い。

プリンシパルって特殊なんです。
人気投票と当日の出来と持っているスキルと立候補戦略と投票者心理が絡まり合って、時に思いもよらない結果を生む。

ゆえに本来「プリンシパルに必勝法なし」。

初回は自己PR、deuxは台詞演技、troisはアドリブコントとオーディションのスタイル自体も毎回異なりました。

そしてもちろん投票者心理としては圧倒的強さを誇る彼女に対する潜在的な反感もあったと思われますが、そんな全てをどこ吹く風。

いや本人曰く「プリンシパルはめちゃめちゃ辛かった」らしいですけど。

結果だけ見れば無人の野を行くがごとき圧倒的な強さを見せました。
しかもそれが足掛け3年にわたり継続したというのは、驚異的としか言いようがありません。

やっぱり、アンチが少なかったのだと思います。
それも白石麻衣なみに。

きっと乃木坂46の「顔」や「一番人気」には一度もならなかったことが逆に良かったのでしょう。

それは生駒里奈であり白石麻衣であり西野七瀬であり齋藤飛鳥が担ってくれた。
そして生田絵梨花はそれとは別のベクトルで活躍することができた。

だからこそ生ちゃんはアンチを作らず、彼女推し以外のファンの間にも「生田絵梨花=至宝」という共通認識が広がったのではないでしょうか。

続きます。

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2021年9月17日、公式Youtubeに公開された『Documentary of Ranze Terada』予告編内で寺田蘭世さんが卒業を発表しました。

「革命の旗を掲げたジャンヌ・ダルク」。

それが彼女に対する私のイメージです。

まるで夏の夕立のように


彼女の経歴の序盤は以前に書いた伊藤純奈渡辺みり愛とほぼ重なります。

2013年3月、2期生として乃木坂46に加入。5月に『16人のプリンシパル deux』と『乃木坂って、どこ?』でお披露目。

当時の印象は「小学生」。
本当に細くて小っちゃくて子供、という感じでした。

2期生の中で正規メンバーに昇格するのが最後だった、いわゆる「ボーダー組」のひとりであり同曲のセンター。昇格発表は加入から2年近くが経過した2015年2月、極寒の西武ドームでのことでした。

初選抜はそこからさらに2年後。2017年の17thシングル『インフルエンサー』。
その次に選抜入りしたのは1年後の20thシングル『シンクロニシティ』。そしてこれが最後となりました。(2曲ともレコード大賞受賞曲なので一部では「レコ大請負人」なんて呼ばれていました)

前述の『ボーダー』ではセンターでしたから、「ボーダー組」6人の中では運営から最も期待されていたのだと思います。実際に2期生の中ではずっと堀未央奈、北野日奈子、新内眞衣に次ぐ位置にいたという印象です。

初選抜以前からサンクエトワール、さゆりんご軍団とふたつのユニットに所属して参加楽曲もありました。

そして2016年、その後の蘭世のイメージを決定づける出来事が起こります。

11月発売の16thシングル『サヨナラの意味』に収録されたアンダー楽曲『ブランコ』において初のアンダーセンター。
初期アンダラを支えた温泉トリオ(伊藤万理華、井上小百合、中元日芽香)も2期トップ3(北野日奈子、新内眞衣、堀未央奈)もいないアンダーでしたが、同年末の武道館公演を座長として見事に成功させます。

その座長挨拶で彼女は「1+1=2なんて誰が決めた」と言い放ったのです。
(余談ですがこれ結構よく言われる台詞なんですけど誰がオリジナルなんでしょうね?)

『ブランコ』の衣装やMVと相まって彼女は「下剋上」イメージを纏い、「反骨の炎を燃やす」アンダーセンターの系譜に名を連ねることになりました。


握手人気はずっと、まさに選抜ボーダーライン上でした。

ただ一時期、16th『サヨナラの意味』から18th『逃げ水』の期間は選抜常連メンバーに肉薄…というかその一部を凌ぐ速度で完売してみせます。

しかし彼女は選抜に定着することができませんでした。

アンダーセンターとしてインパクトを残し、満を持して選抜入り。そのシングルでも上位の速度で完売させたのにそれでも『逃げ水』で残れなかった。

ここがまさに分水嶺だったのでしょう。

ちょうどその頃から握手会に参加した3期生たちの幾人かが一気にグループ屈指の完売速度を叩き出します。

結果だけ見れば、三番目の風に飲み込まれた。

20th『シンクロニシティ』で選抜復帰するものの、21st以降はさらに勢いを増す3期生や初選抜を勝ち取る同期たちに囲まれさらに厳しい状況が続きます。

その間も彼女は一定の握手人気を保ち続けます。
28thシングルではついに「握手免除」(既にミーグリになっていましたが)になるのですが、これはいわゆる「選抜固定メン」以外では初の快挙でした。


しかしその後も4期生の合流や白石麻衣卒業シングルでの1期生全員選抜、コロナ禍によるリリース減少など様々な要素が絡み合い、彼女が選抜入りすることはありませんでした。


10%の強がり


そもそもちょっと癖のあるキャラクターでした。

ネガティブ思考でワードセンスが荒く、ちょっととっつきにくい印象。

2017年9月に『乃木坂工事中』内のメンバー投票企画「ずっと独身でいそう選挙」において、井上小百合や齋藤飛鳥という強豪笑を抑えて見事1位を獲得。
その際のコメント「変なので…この人間を拾えるもんなら拾ってみろって感じなんですよ」とか。
推薦者の相楽伊織も「気が強すぎて誰も勝てないし、そのくせ言い返してくれる人じゃないとイヤがるので結婚は無理」と言っていましたね。

同番組内で自分のことを「ゲロブス」と評したこともありました。

「チャッス」等の独特な家庭内ワードや弟さんの趣味で信号機を買った等の家族エピソードはほっこりするものが多かったんですけどね。

個人的に一番好きなのはひな壇で無邪気にニコニコ笑いながら「わぁ~」と拍手してる姿。

勝手な推測ですけれど、彼女の普段はこっちなんじゃないかと思います。

見た目は弱っちそうで折れちゃいそうなヒョロヒョロのちびっ子。
ただ心の中では熱く血をたぎらせていて、時々それが出てきてしまう。
そんなめんどくさいやつ。でも好きになってしまえばそれこそが蘭世の魅力でした。

そして彼女はいくつもの名場面を残してきました。

2017年5thバスラSSAの『君に贈る花がない』で手に書いた「ひめたん大好き」のメッセージ。
『インフルエンサー』ヒット祈願での氷瀑登り。
『滑走路』センターで再び座長となった、わずか10人という史上最少構成での横浜アリーナでのアンダラ。

余談ですが、私の推しである井上小百合とはミュージカル『セーラームーン』で共演して仲良くなったようです。なぜかさゆのことを「サユリスト」(これ本来は井上小百合ファンの愛称です)と呼んでいたらしい笑

『セラミュ』は正直心配だったんです。さゆりんご軍団の替え歌で聴く彼女の歌声はへにょへにょだったので。

でも舞台上では炎の戦士セーラーマーズとして凛々しい姿を見せるとともにそれにふさわしい歌声を出していて感心したのを憶えています。


「乃木坂のセンターになりたい」

彼女が加入当初から口にしていた目標。
その夢はかなわなかったけれど、結果だけ見ればそれは大言壮語だったのかもしれないけれど、それを口にできる心意気。

北野日奈子は『Documentary of Ranze Terada』内で蘭世のこんな言葉を紹介しています。

 自分たちは「いいとこどりの乃木坂人生」を歩んできたんだ
 乃木坂46の歩みの多くの部分を、1期と共に作り上げてきたところから現在の大きなグループになるまでの景色を見てこれた。だからこの8年間で凄くいい経験をしてきた

そして卒業発表後最初のブログで彼女はこう書きました。

 私はここまで乃木坂46 2期生として
 かっこよく生きてこれた事を誇りに思っています。

「かっこよく生きてこれた」。そう自分について語ってみせたのです。

「自分らしさ」にこだわって、いやむしろ囚われて。
それはとても青臭いことで、でもそんなところが実に寺田蘭世で。

強い信念と、10%の強がり。

私にはそう見えます。
そしてとても好もしく思うのです。


最後に、彼女のこれからについて。

正直、想像つかないな~笑

その華奢なスタイルとビジュアル、そしてステージ上での存在感を考えるとアイドルが天職だったように思います。

どのような道を歩むにせよ、この先もかっこよく生きていかれることを願っています。


寺田蘭世さん、8年半お疲れさまでした。


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2021年7月22日、『乃木坂配信中』のライブ配信内で高山一実さんが卒業を発表しました。

笑顔の軌跡


デビューシングルから全作で選抜入りした最後のひとり。
結成当初から卒業までずっとグループ内で存在感を保ち続けたメンバーですが、ことシングルでのポジションという意味では割と不思議な推移をしました。

定位置は上手(向かって右)の端。
11thシングルまでで3列目の上手端がなんと6回。2列目の同じ位置が4回。残り1回も3列目の右端から2番目でした。

お見立て会で自己紹介しながらずっとマイクを持っていない方の手で肘をこすっていたため、ついたあだ名が「肘こすり一実」。その独特のキャラクターでその日の握手人気は白石麻衣と並び1位と見事なスタートダッシュを決めます。ちなみにその時に西野七瀬に並んだのはたった3人だったというのはあまりにも有名。

勢いそのままに『乃木坂って、どこ?』ではバラエティ担当として番組開始当初から活躍。
白石麻衣・松村沙友理と共にHK3(日村嫌いスリー)の一角を担い、初期の序列としては御三家と生生星に次ぐぐらいの位置にいた印象です。

実際にお姉さんユニット(『偶然を言い訳にして』『でこぴん』)や白石麻衣とのWHITE HIGH、そして『せっかちなかたつむり』等々、多くのユニット曲に参加していました。

シングルでのポジションもデビューから3作連続で2列目。
さらに最初のプリンシパルでは「最強」生田絵梨花にただひとり肉薄する結果を出します。

裏声で「16番、18歳、高山一実です!」と言うだけで会場が笑いに包まれ「声楽を習って裏声で歌っているうちに普段の声まで裏声になってしまいました!」で爆笑。
この強烈なインパクトの自己PRに、50音順で彼女の次だった中田花奈が毎日心をへし折られていたため途中から順番がランダムに変更されたほど。

しかしプリンシパル直後の『制服のマネキン』選抜発表で、彼女は最初に呼ばれます。
つまり、3列目端へ後退。

プリンシパルが、あの地獄が何の意味もなかった。
かずみんはもちろん、多くのメンバーが(なんなら秋元真夏の復帰即福神よりも)衝撃を受けたといいます。

そしてこのあたりから彼女の握手人気は相対的に下降していきます。(28thシングル特典映像の『Documentary of Kazumi Takayama』で本人も語っていた通りです)
松村沙友理の記事でも書いたのですが「真夏ショック」により多くのメンバーの握手対応が向上した結果、人気で先行していたメンバーがやや後退するという現象ですね。

 

また「ビジュアルの乃木坂」において基本的にバラエティメンは人気面で苦戦していました。今もその傾向はありますが、当時はさらに強かった。

これはリアクションを取るときにどうしても「顔が崩れてしまう」こと、そしてファンの中に「AKB的なもの」(この場合はバラエティでガツガツ行くこと)に対する否定的な見方が根強かったことが関係していると思われます。

結局、かずみんの握手人気は10番手から選抜ボーダー前後で落ち着きます。
にもかかわらず『太陽ノック』から『逃げ水』までは7作連続で福神。しかも16th『サヨナラの意味』ではフロント。

彼女が目に見える人気指標では最も苦戦していた時期でしたので当時は正直大いに疑問でしたが、今になってみれば周囲に笑顔と安定をもたらす彼女の働きは選抜に不可欠という運営の判断もわかります。

ですからこのフロント起用は運営の「高山は選抜から外さない」という意思表示だったのかもしれません。

ポジティブキャラですが決して生まれつきポジティブというわけではない(少なくとも私にはそう見えます)彼女に自信を持たせるため、高い評価をポジションで明確に伝えようとしたのではないでしょうか。

彼女自身も徐々に外仕事で実績を積み上げていきます。

2016年から「ダ・ヴィンチ」誌上で小説『トラペジウム』の連載を開始。
2018年に単行本化され累計発行部数25万部を超える大ヒット作となります。
(23rd『Sing Out!』でフロント復帰したのは『トラペジウム』の大ヒットご祝儀でしょう)

そしてクイズ番組にも数多く出演。さらに2018年春の『オールスター後夜祭』をはじめとしてMCとして起用されることも増えていきます。葛藤しながらの「バラエティ担当」が後に「タレント」として開花するために必要な助走期間だったのかもしれません。

こうして外部の仕事で着実に結果を出してきた彼女。
シングルでのポジションこそ相次いで選抜入りする3期生と入れ替わる形で3列目へ後退しましたが、グループ内での地位は不動のものとなりました。

そして27thシングル『ごめんねFingers crossed』ヒット祈願で付き添いとしてついていったバンジージャンプでの「今後のために飛んどいたほうがいいのかな」と発言。個人的にはここで「ああ、もう卒業が決まっているんだな」と思いました。


「日本でいちばん優しい女性」


美脚女王で美人顔。
なのに冠番組でも猛烈に気合の抜けた顔面(すいません)をしていたり人中をいじられたり。

でも、そんな大らかさこそがかずみんの最大の魅力ですよね。

『乃木坂工事中』の「内輪ウケものまね大賞」で誰よりもマネされた彼女。

和田まあやにノーズシャドウを誇張しすぎモノマネされたり、白石麻衣に楽屋でエピソードトークをする時に手がうるさい姿を真似されたり。この時に思いっ切り足を開いていたのが印象深いです。

これもメンバーに愛されていることのひとつの証ではないでしょうか。

いいやつ。男前。

罰ゲームを代わってあげる。まいやんの代わりに電気ナマズを触り、ひめたんの代わりに電気ビリビリコイン立てをやる。

桶に入れた水を背負って神社の階段を上るという『いつかできるから今日できる』のヒット祈願。一緒に行った秋元真夏と星野みなみの倍の量を一度に運ぶ驚異的な体力を見せつけ「辛さが伝わらない~!」と言われていたのも印象深い。真夏さんが転んで水をこぼした時に「わざとじゃないんでしょ?」と何度も確認していたのも面白かった。

あとはやっぱり『乃木坂工事中』の体力テスト内での棒高跳びですね。

西野七瀬に「かずみん絶対背中からいってよ!」と言われて「わかった。私はこれから絶対背面跳びしかしない」と決心。背中を向けながら助走するという謎のムーブを繰り広げバナナマンのふたりから「そんなやついねえよ!」と総ツッコミを受けます。
しかしその5年後、再びチャレンジした彼女は謎ムーブのまま見事クリアし憧れを現実にするのです。いや書いてて思ったけどこれ全体的にどういうことだ笑


そして個人的にかずみんで一番好きなのが

 かぁわいぃ~!

という『乃木坂工事中』内でのガヤ。

3期4期(そして星野みなみ笑)がバナナマンにコメントを振られたり企画にチャレンジした時によく発していましたが、彼女のこれは抑えられずに思わず声が出てしまった感が抜群でした。

そう言ってもらえて自信を持てたり、完全にすべった場面でもこれと設楽さんの「いや可愛いとかそういうんじゃなくて」のセットで場が収まったりとか。

本当に、これに救われたメンバーは結構多いと思うんですよ。

ちょっと話がずれますが、やっぱり1期生は初期にバナナマンに鍛えられた部分が大きいですよね。

よく同じガヤを入れていた生駒里奈や松村沙友理も卒業し、現役では真夏さんと新内眞衣ぐらいしか残っていません。

ぜひ梅澤美波や久保史緒里、そして賀喜遥香、田村真佑、早川聖来あたりがガンガン「かぁわいぃ~!」を言えるようになってほしいです。
吉田綾乃クリスティーや林瑠奈、松尾美佑、矢久保美緒といったガチの「可愛い女の子大好き勢」が心から言うのもいいですね。

『乃木坂スター誕生』で遠藤さくらの『ラムのラブソング』に「かぁわいぃ~!」の声を上げていたのはたぶん清宮レイかな(田村真佑かも)。


最後に彼女の今後について。

小説を書きつつ現状の外仕事を続けていくというかずみん。

まっつん曰く「10年後のかずみんはタワマン最上階に高級車3台で犬4匹飼ってて凄い毛皮のコートにミニスカ履いてバーキン持ってる」らしいので笑、タレントとして成功して番宣で来たOGたちとわちゃわちゃ絡んでほしいですね。


かつてドキュメンタリー映画『いつのまにか、ここにいる』で彼女はこう語りました。

 どのメンバーも最後にもの凄い光を放って卒業していく

かずみん、あなたも同じです。

高山一実さん、10年間本当にお疲れさまでした。

乃木坂の暖かい雰囲気をずっと支えてくれてありがとう。



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