2023年6月から7月にかけて東名阪で上演された音楽劇『ダ・ポンテ~モーツァルトの影に隠れたもう一人の天才~』。
北千住シアター1010でのプレビュー公演と池袋東京建物 Brillia HALLの本公演をそれぞれ1回観劇しましたのでレポートします。
いくつものカタルシス
公式によるあらすじはこちら。
1826年ニューヨーク。年老いたロレンツォ・ダ・ポンテ(海宝直人)が回想録を出したことがきっかけで、若かりし頃を思い出すところから物語は始まる。
1781年ウィーン。女好きで詐欺師のダ・ポンテは、ある事件を起こし、故郷ヴェネツィアを追われ、その才覚と手練手管でウィーンの宮廷劇場詩人の座までのぼり詰める。しかし、宮廷作曲家アントニオ・サリエリ(相葉裕樹)に言われるがままに書いたオペラの処女作を酷評され、行き場を失っていた。
そんなダ・ポンテの前に現れた、作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(平間壮一)。彼もまたあふれる才能を持て余していた。二人は意気投合し、革新的なオペラを作ることを決意する――。
(公式サイトより引用)
モーツァルトではなく、彼のオペラの台本を書いたダ・ポンテを主人公にした物語。
『アマデウス』などモーツァルトものでは定番である、彼の死をミステリーとして扱うことはせず普通の病死(恐らくはこちらが史実通りなのですが)としています。
ふたりが組んだ作品は1786年『フィガロの結婚』、1787年『ドン・ジョヴァンニ』、そして1790年の『コジ・ファン・トゥッテ』。
一言でまとめてしまえば、ふたつの才能が巡り合って特別な作品を生み出し、そして離れていくまでの物語です。
上演時間2時間半にも及ぶ作品ですが、それでもやや消化不良な部分がある印象。
『コジ・ファン・トゥッテ』について回想録に詳しく書かなかった理由はなんかいまいちよくわからない。
あとサリエリ先生の人物像、というか行動原理がブレている気がする。これはオチ要員とシリアスな役割(ダ・ポンテに最後通牒を突き付ける)を同じキャラにやらせたのが原因かな。
…など、ところどころ「惜しい」感はあるものの個人的にはこの作品嫌いじゃないです。
その最大の理由はいくつものカタルシス溢れるシーン。
自分ひとりでは決してたどり着けない場所へ、こいつと一緒なら。
そんなバディを見つけた瞬間の愉悦。
『フィガロの結婚』で浴びた万雷の拍手。
『ドン・ジョヴァンニ』のド迫力のラストシーン。
そしてなんといっても、この舞台自体のクライマックスでもある『コジ・ファン・トゥッテ』。
音楽のマジック
コジ・ファン・トゥッテ。
訳せば「女はみんなこうしたもの」。
でも転じて「人生万事こんなもんさ」と言っているように私には思えました。
思い通りになんていかない
理屈じゃ説明できない
間違いばっかりで後悔ばっかりで
そんなもんだろ?
自分の魂の欠片のような、特別な相棒とさえすれ違って袂を分かってしまう
本当に運命の人と出会っていたのに、気づくことができずに別れてしまう
絶対に手放しちゃいけないものだったのに、この手から滑り落ちてしまった
人生なんてそんなもんだろ?
でも、
だからこそ素晴らしいんだろう?
あれは所詮、人生における一瞬の花火かもしれない
それでも、あの輝きがあったからこうして今日を生きてゆける
舞台上にキャストがずらりと並び、朗々と歌い上げられるそれは、どこか「第九(『歓喜の歌』)」のようでした。
『レキシアター』や『キレイ』のレポでも書きましたが、好きなんですよ人間賛歌。
関連記事:
素晴らしい大団円感。
本当は大団円なんかじゃないんです。
実際にはこの上演後に不評でダ・ポンテはウィーンを追われモーツァルトとも袂を分かち没落していくのですから。
ここではたと思い当たるのが、上で「よくわからない」と書いた『コジ・ファン・トゥッテ』について回想録に詳しく書かなかった理由。
それはもしかしたら上演当初は「不評だった失敗作」でしかなかった同作が、この後の人生において自分の背中を支えてくれたからではないでしょうか。
「あろうことか自身の作品に励まされて今を生きている」。
天才詩人にして天才詐欺師であるこのダ・ポンテ様がそんなことこっ恥ずかしくて書けるかよ!という照れくささ、気恥ずかしさ。
ミュージシャンは時々「楽曲が作り手である自分たちの手を離れ、時の流れと共にファンの方の人生で大きな意味を持つものとなった」と言いますが、きっとダ・ポンテの場合はそれが自分の作品によって引き起こされたのです。
語り部が年老いた後の彼だからこそ、この曲がフィナーレとして高らかに鳴り響く。
そんな音楽の力。音楽のマジック。
その素晴らしさと美しさ。
クライマックスの『コジ・ファン・トゥッテ』を浴びながら、私はそんなことを考えていました。
続きます。
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