ロスジェネはえてしてこだわりすぎる

タグ:舞台

だぽ
前の記事では全体の感想を書きました。

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こちらではキャストの皆さんについて。

ヴィヴァ!


最初に挙げたいのがアントニオ・サリエリ役の相葉裕樹さん。
やっぱり『ヴィヴァ!イタリア』の歌唱が超絶。素晴らしく心地よい音圧。
派手めな顔立ちでボリューミーなヘアスタイルもゴージャスな衣装も凄く似合っていました。
悪役にされがちなサリエリ先生をコミカルな憎めないキャラとして演じていたのも好感。

個人的に初めて観る役者さんなので後から調べたら『レ・ミゼラブル』も出演されている方なのですね。そりゃ上手いはずだわと納得。

ナンシーとオルソラの2役を演じた田村芽実さん。

なんとまだ24歳。若い!
2011年8月にハロー!プロジェクトのアイドルグループ「スマイレージ」(現「アンジュルム」)に加入ですから、井上小百合と少し重なる部分がありますね。

彼女は2016年5月にグループを卒業。
その時点から目標として明言していたミュージカル俳優としてのキャリアを着実に積まれている印象です。

特に良いなと思ったのが演技も歌唱も振り幅があるところ。
老婆ナンシーでのコミカルな演技、自責の念にさいなまれるオルソラのシリアスな演技。
そして老ナンシーでの太い歌声とオルソラでの哀切な歌声。
どちらも非常に良かったです。(もちろん若ナンシーのキュートさも)

モーツァルト役の平間壮一さん。

「当てはない、ツテもない」だから「自由だ!」と歌うモーツァルト。
なんと素晴らしい発想の転換笑

なんというか「音楽の妖精」みたいな。そんな浮世離れした素軽い演技が非常に印象的でした。

そして主演の海宝直人さん。

まあ今さら私なんぞがどうこう言うのもはばかられるぐらいのキャリアで『レミゼ』だの『ミス・サイゴン』だの『ジャージー・ボーイズ』だの『アラジン』だの『ライオン・キング』だのビッグタイトルに数多く出演されてきたビッグネームです。

私が観劇したプレビュー公演は調子がいまいちだったのか出の音がブレていることがあったのですが、一瞬で立て直すその鋼の声!

白眉はやはり『ドン・ジョヴァンニ』の歌唱。
「胸を張って地獄の炎に飛び込もう」は鳥肌ものでした。

強くて儚くてやっぱり強い


ここまで挙げた皆さんはいずれもミュージカルで実績十分な強者たち。

その中で我らが井上小百合はどうだったかというと。

歌上手くなってた。(偉そうな言い方ですいません笑)

上で挙げた皆さんと遜色ないとまでは言いませんけれど、『ヴィヴァ!イタリア』でサリエリ先生に負けじと野太くヴィヴァ!するさゆは最高でした。
『コジ・ファン・トゥッテ』でも良い高音を鳴らしていましたね。

ソロ歌唱の『街角の女の子』がさゆのキーの美味しいところと合ってなかったし曲自体も重かったのがちょっと残念でしたが。

さゆ史上最大であろうボリューミーなウィッグもなかなかのインパクト。

だいぶ前からずっと思ってたんですけど、さゆの「濃くない美人顔」って大抵のウィッグをつけこなせるので舞台俳優として大きな武器ですよね。
かつて『ミュージカル セーラームーン』で月野うさぎという超高難度の髪型をこなした実績もありますし。

そして今回演じたフェラレーゼ。

難しい役でした。
「歌はそこそこだが演技は大根」の役を演じる、ってなんだか謎かけのようですね笑

「男を掌の上で転がしているつもりがただ単に遊ばれているだけの女」と周囲に軽蔑されていて、でも彼女自身もそんなことは百も承知で。
「女を武器にしている自分」のことを嫌悪しながらも、自分ぐらいは愛してやらなきゃいけないと思っている。

ただそんな自分の心を押し殺すような生活を続けているうちに、いつしか「自分の心」なんてもの自体失ってしまった-そしてそれゆえに「上手いだけで人の心を動かせない、つまらない歌い手」になってしまった-ことにも気づいていた。

ただひとり、ダ・ポンテを除いて。
彼女の声に「サンマルコ広場で歌っていた女の子」の欠片を感じ取ったダ・ポンテの心だけは動かすことができた。

そんな彼と一緒にいる時間は、きっと「昔の自分に戻れるかもしれない」という希望と「戻れるわけなんかない」という哀しみが交互に訪れたことでしょう。

そんなふたりの別れのシーンは素晴らしかった。

ダ・ポンテは失脚し、夢から醒めなければならない時が来て。

『街角の女の子』を歌い終わったほんの一瞬だけ、フェラレーゼは微笑みを浮かべるのです

そして再び彼女は同情も感傷も拒絶する氷のような表情に戻り「さよなら」。
振り向かずに歩き去ります。

この先も一緒に歩けたらどれほど良いか。
でも、そんなのただのセンチメンタリズム。
私は絶対、自己憐憫に溺れたりしない。

「でも心が痛い」

そんな強くて儚くて、やっぱり強い女性の背中を井上小百合は見せてくれました。


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だぽ
2023年6月から7月にかけて東名阪で上演された音楽劇『ダ・ポンテ~モーツァルトの影に隠れたもう一人の天才~』。

北千住シアター1010でのプレビュー公演と池袋東京建物 Brillia HALLの本公演をそれぞれ1回観劇しましたのでレポートします。

いくつものカタルシス


公式によるあらすじはこちら。

 1826年ニューヨーク。年老いたロレンツォ・ダ・ポンテ(海宝直人)が回想録を出したことがきっかけで、若かりし頃を思い出すところから物語は始まる。

 1781年ウィーン。女好きで詐欺師のダ・ポンテは、ある事件を起こし、故郷ヴェネツィアを追われ、その才覚と手練手管でウィーンの宮廷劇場詩人の座までのぼり詰める。しかし、宮廷作曲家アントニオ・サリエリ(相葉裕樹)に言われるがままに書いたオペラの処女作を酷評され、行き場を失っていた。
そんなダ・ポンテの前に現れた、作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(平間壮一)。彼もまたあふれる才能を持て余していた。二人は意気投合し、革新的なオペラを作ることを決意する――。

公式サイトより引用)

モーツァルトではなく、彼のオペラの台本を書いたダ・ポンテを主人公にした物語。
『アマデウス』などモーツァルトものでは定番である、彼の死をミステリーとして扱うことはせず普通の病死(恐らくはこちらが史実通りなのですが)としています。

ふたりが組んだ作品は1786年『フィガロの結婚』、1787年『ドン・ジョヴァンニ』、そして1790年の『コジ・ファン・トゥッテ』。

一言でまとめてしまえば、ふたつの才能が巡り合って特別な作品を生み出し、そして離れていくまでの物語です。

上演時間2時間半にも及ぶ作品ですが、それでもやや消化不良な部分がある印象。

『コジ・ファン・トゥッテ』について回想録に詳しく書かなかった理由はなんかいまいちよくわからない。
あとサリエリ先生の人物像、というか行動原理がブレている気がする。これはオチ要員とシリアスな役割(ダ・ポンテに最後通牒を突き付ける)を同じキャラにやらせたのが原因かな。

…など、ところどころ「惜しい」感はあるものの個人的にはこの作品嫌いじゃないです。

その最大の理由はいくつものカタルシス溢れるシーン。

自分ひとりでは決してたどり着けない場所へ、こいつと一緒なら
そんなバディを見つけた瞬間の愉悦。

『フィガロの結婚』で浴びた万雷の拍手。
『ドン・ジョヴァンニ』のド迫力のラストシーン。

そしてなんといっても、この舞台自体のクライマックスでもある『コジ・ファン・トゥッテ』。

音楽のマジック


コジ・ファン・トゥッテ。

訳せば「女はみんなこうしたもの」。
でも転じて「人生万事こんなもんさ」と言っているように私には思えました。

 思い通りになんていかない
 理屈じゃ説明できない
 間違いばっかりで後悔ばっかりで

そんなもんだろ?

 自分の魂の欠片のような、特別な相棒とさえすれ違って袂を分かってしまう
 本当に運命の人と出会っていたのに、気づくことができずに別れてしまう
 絶対に手放しちゃいけないものだったのに、この手から滑り落ちてしまった

人生なんてそんなもんだろ?

でも、
だからこそ素晴らしいんだろう?

 あれは所詮、人生における一瞬の花火かもしれない
 それでも、あの輝きがあったからこうして今日を生きてゆける

舞台上にキャストがずらりと並び、朗々と歌い上げられるそれは、どこか「第九(『歓喜の歌』)」のようでした。

『レキシアター』や『キレイ』のレポでも書きましたが、好きなんですよ人間賛歌。

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素晴らしい大団円感。

本当は大団円なんかじゃないんです。
実際にはこの上演後に不評でダ・ポンテはウィーンを追われモーツァルトとも袂を分かち没落していくのですから。

ここではたと思い当たるのが、上で「よくわからない」と書いた『コジ・ファン・トゥッテ』について回想録に詳しく書かなかった理由。

それはもしかしたら上演当初は「不評だった失敗作」でしかなかった同作が、この後の人生において自分の背中を支えてくれたからではないでしょうか。

「あろうことか自身の作品に励まされて今を生きている」。
天才詩人にして天才詐欺師であるこのダ・ポンテ様がそんなことこっ恥ずかしくて書けるかよ!という照れくささ、気恥ずかしさ。

ミュージシャンは時々「楽曲が作り手である自分たちの手を離れ、時の流れと共にファンの方の人生で大きな意味を持つものとなった」と言いますが、きっとダ・ポンテの場合はそれが自分の作品によって引き起こされたのです。

語り部が年老いた後の彼だからこそ、この曲がフィナーレとして高らかに鳴り響く。

そんな音楽の力音楽のマジック
その素晴らしさと美しさ。

クライマックスの『コジ・ファン・トゥッテ』を浴びながら、私はそんなことを考えていました。


続きます。


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deux補正2
2020年8月に下北沢本多劇場で行なわれた舞台『ワイルドなサイドを行け!』の配信を観劇しましたのでレポートします。

配信を観てからなんと1年後の記事ですが、それには理由があります。

正直、ピンとこなかったんですよ。

観た当時に箇条書きレベルまでは書いていたんですが、自分のこの作品に対する評価がどうにも定まらなくてどうしたもんかなあと。

ようやくその辺りの整理がついたので記事にしました。

配信でドタバタは難しい?


凄く期待していました。

コロナ禍の真っ只中で「劇場の灯を消すな」という関係者の熱い想いで実現した「DISTANCE」第1弾。小劇場の聖地・下北沢本多劇場。無観客の一人芝居。
しかも井上小百合にとっても乃木坂卒業後の初仕事。

これでもかとばかりに盛り上がる条件が揃っていました。
そして井上小百合はこれまでと同じように我々の期待を見事に超えてみせます。

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本当に素晴らしい公演でした。

その好評を受ける形で実現したのであろう今回の第2弾。観客数は絞っているものの有観客。
しかも共演の小林顕作さんは舞台『帝一の國』で演出を務めた方。今回も脚本、演出も兼ねておられます。
第1弾の川尻恵太さんに続き、乃木坂時代からのご縁。嫌でも期待が膨らみます。

でも、ピンとこなかったんですよ笑

ざっくりあらすじを書くとこんな感じ。

 駆け出しの若手女優(井上小百合)はドラマの現場で上手くいかずにムシャクシャしながら帰宅。
 発泡酒を飲みながらマネージャーに渡された「一流女優になるための秘訣」DVDを再生するも、そこに現れたのはバブリーな服で女装したおっさん(小林顕作)。
 W浅野に憧れ「あさだりょうこ」と名乗るおっさんが激しく踊るだけという全くためにならない内容に激怒した若手女優は直接あさだの家に乗り込み…

あれ、なんか面白くなりそうな雰囲気ありますね笑

ですが…もの凄くストレートに言うと、正直「全力の悪ふざけ」の域を出ていないように感じました。

いやわかんないですけど。本当は背後に深いメッセージとか風刺が隠されているのかもしれないですけれど。少なくとも私はちょっと受け取れませんでした。

これたぶん劇場で観たら面白かったんじゃないかな。

劇場なら文字通りの「熱」=体温がダイレクトに伝わりますし飛び散る汗も観えます。
でも演者の熱量が伝わりづらい配信ではドタバタ喜劇は難しい。

第1弾でさゆと同日に配信された永島敬三さんの『ときめきラビリンス』がタイプ的にはこれと近い感じだったんですが、やはり私には「あんまり」でした。

しかもこの日の配信は2本立てで1本目が感動系。
その余韻が残っている中で、女装したおっさんのダンスにふてくされた表情のさゆが悪態をつくというのをひたすら見せられてもねえ。

何でも演じられるのは良いことなのか?


さゆが演じたのはずっとふてくされてしかめ面しながら乱暴な言葉を吐くガラの悪いキャラ。恐らく役名もありません(私が聞き逃していなければ)。

「あ゛~!ビールにすりゃよかった」

初っ端からこんな台詞が飛び出します。
過去に演じた役でいえば『あさひなぐ』の将子ちゃんをさらに感じ悪くしたような。

そしてその「感じ悪さ」は最後まで続きました。
この舞台だけ観た人は井上小百合にあまりいい印象持たないだろうなと思うぐらい。
いやそれは演技プランとしては成功なんですが、個人的にはなんか釈然としませんでした。

ファンの贔屓目はもちろんあるでしょう。そりゃ10年も応援してますから笑

でも井上小百合には「ヤな奴」じゃない役を演じてほしい。
それを演じられる幅の広さはあっていいけど。
この日のさゆはきっちり最後までトゲトゲしてイライラしている役を演じ切っていて、それは役者として正しいことだと頭では理解できるんですけど。

なんて言うのか、さゆは仮にヤな奴でも悪人でも「どこか魅力のある人物」を演じる方が上手いと思うんですよ。

もちろん「魅力がない人物」をその通りに演じられる能力も必要でしょうし、何ならそれを器用にこなす役者さんの方が食いっぱぐれはない気がしますが笑

私が思うに、たぶんさゆは純モブキャラに向いていない。
あるいは、純モブキャラとしてだったらさゆを使う意味がない。
いやこれだと語弊がありますし、これでさゆの仕事が減ったら困るので言い換えます。

チョイ役でも、どこか観る人の心にひっかかりのある役柄の方が彼女の個性が活きる。
(この日は二人芝居なので別にモブじゃないんですけど)

それが井上小百合という演者なんだと思います。

ラストに「…いつか見つかるといいな、W浅野の再来が」みたいな歩み寄りというか希望の欠片を残す台詞でもあれば良かったと思うんですけどね。まあそういう甘さを残さないのが恐らく小林さんのスタイルなのでしょう。

あと思ったのが、やっぱりさゆはこれまで見せてきたようにニコニコ笑いながら毒を吐く方が似合っています。

冠番組で真夏さんやろってぃーをディスったりとか、『大人のカフェ』の千秋楽アフタートークでの「3人ともそんなに好きじゃない…」発言(これ好き)とか懐かしいですね笑



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前の記事では私個人として初めて接した「つか舞台」から受けた衝撃について書きましたが、この記事ではキャストの皆さんについての感想を書きたいと思います。

前の記事:

クレイジー、では伝えきれない


一言でいえば、みんな「キグルイ」。

まあ、そもそもこの数日前に「なんちゃら人狼舞台クラスター」発生が発表され調査が進められている最中でした。

そんな状況下で観客を入れて舞台をやる、
言葉を選ばずに言えば、やる方も行く方も正直まともじゃない。

そして登場人物はみな明らかに常軌を逸した、でもクレイジーという言葉では伝えきれないどこか哀切ななにかを抱えている人々でした。

憧憬と畏怖と憎悪の入り混じった感情を向けられながらも、自らの思う自分であるために周囲の者を傷つけ破壊しながら走り続ける銀ちゃんと中村屋。

口汚く罵られ足蹴にされても自分にとって大切な何かを手放すまいと懸命に亀の姿勢で耐えるヤスや小夏。

さらに演者自身もまごうことなき演劇グルイ。

かつて私はさゆの演技について「全然違う役柄をすべて見事に演じ分けているのに、それでも役のどこかにいつも彼女の生き様が透けて見える」と表現しました。

 

しかしこの『銀ちゃんが逝く』では味方良介さんも植田圭輔さんも細貝圭さんも、演者すべてがそうであるように感じました。

演者と役が一体化したような。
役柄を自分のものにしているとかそういうレベルじゃなく、憑依型というのもちょっと違う気がします。

うまく言葉にできないんですが、

「味方良介という名の銀ちゃん」
「小夏という名の井上小百合」

みたいな。

そこにいるのはまさに小夏で、それと同時に間違いなく井上小百合でした。

だからこそ、
傍若無人な振る舞いから漏れ出てしまう銀ちゃんの寂しさとか。
銀ちゃんという絶対的存在に委ね切った自分には何ひとつないことにとっくに気づいているヤスの自己嫌悪とか。
自分よりも家族よりも大事なものを背負わされた中村屋のどす黒い怒りとか。
(凄まじさ、という意味では二幕の細貝さんはとんでもなかった)

そういう全部がどうにもこうにも息苦しいほど生々しくて、辛くて。

胸が掻きむしられるようでした。

人間そのもので勝負できる役者さんが揃っていたのか。
この舞台と脚本、そして取り巻く状況が演者にそこまでのものを出させたのか。

汗をボタボタ垂らしガチで涙を流しながら叫ぶ彼らの姿は異様でおぞましくて、でも憧憬をかき立てられる。

もしかしたら観客の我々が観る彼らの姿=ヤスが仰ぎ見る銀ちゃんの姿、という関係式が成り立つのかもしれません。

銀ちゃんにずっと「テレビ上がり」呼ばわりされていた監督の「あんたが撮りたくて」も味わい深かったです。

「役者だから」


最後に改めて井上小百合の演技について感じたことを書きます。

まさかさゆが小夏を演じる日が来るとは思ってもみませんでした。
だって、あの松坂慶子さんが演じた役ですよ。

若さゆえの「蓮っ葉な」や「ぶっきらぼうな」ではなく、どこか年齢を感じさせる「擦れた」部分が求められる小夏は、これまでのさゆにはなかった役柄です。

そして小夏は激しく揺れ動く、難しい役でした。

女、妻、母、役者

自身の持つ様々な側面のプライオリティが劇中でどんどん-もしかしたら台詞と台詞の間ですら-、移り変わっていくのです。

混乱して矛盾しているけれど、全部嘘じゃない。
人間って、そういうものだから。

観ている者にそう感じさせることができた彼女の演技は素晴らしかったと思います。


上で書いたように「小夏であると同時に井上小百合」であったからこそ、その台詞が、所作が激しく心を揺さぶりました。

特に心に残ったふたつのシーンを挙げておきます。

日本脳炎の後遺症で手足がくっついていて周囲から「だるま」と呼ばれているヤスの甥「マコト」。

そのマコトが「小夏お姉ちゃんと海に行きたいから一生懸命風呂場で泳ぎの練習をしている」ということを聞かされた彼女は泣きながら微笑んで言います。

「笑わないよ。一緒に海に行こう?」と。

サユリスト歴が長い方には説明不要ですよね。井上小百合は決してマコトを笑ったりなんかしない。

もうひとつ。

ラスト、銀ちゃんの階段落ちで彼を斬る役目を任された小夏。
愛する男を斬り、階段から突き落とすことができるのか。
そう問われた彼女は不敵、と言ってもいい笑みを浮かべます。

「できるよ、役者だから」

役者になりたくて、なれなくて。もがいた年月を経て、ついにこの台詞を堂々と言えるところまで来た。

本当によかったな、とか思っちゃいました。

もう完全に小夏と井上小百合の区別がついていませんね笑


観ていて辛くて苦しくて、でも素晴らしい舞台でした。

本当に観てよかった。

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2020年7月に新宿紀伊國屋ホールで行なわれた舞台『銀ちゃんが逝く』の配信を観劇しましたのでレポートします。

仰いだ青い空が青過ぎる


本来は通常の舞台として2020年7月4日~27日に全24公演を予定していましたがコロナウイルスの影響により開催中止が発表されます。

しかし「リモートによる稽古で、向き合わず、俳優のエネルギーを伝えあう演劇」に挑戦し「朗読という名の演劇」へと形を変え、7月10日~12日のわずか3日間、全5公演の開催となりました(後に追加公演としてさらに5公演ありました)。

まあ「朗読劇」と謳ってはいましたが実際には朗読でも何でもなく「胸ぐら掴むのと抱き合うのだけはNGにした普通の舞台」でした。演者が台本を手元に置いていたのはナレーションを行なう時だけだったと思います。

公式による解説とあらすじはこちら。

蒲田行進曲とは

つかこうへいの代表作『蒲田行進曲』は1980年紀伊國屋ホールで発表された。
同年第15回紀伊國屋演劇賞を受賞。その後、小説として第86回直木賞を受賞、1982年映画化され、第6回日本アカデミー賞を独占した傑作中の傑作である。
そして1987年蒲田行進曲の完結編として発表された『銀ちゃんが、ゆく』は1994年舞台化され、1997年新国立劇場小劇場の柿落とし公演として上演された。

あらすじ

「新撰組」の撮影が進む東映京都撮影所。
初の主演映画に意気込むスター俳優銀ちゃん(味方良介)が、子分の大部屋俳優ヤス(植田圭輔)に 自分の恋人小夏(井上小百合)を押しつけることから物語は始まる。小夏は妊娠しているのだ……。
ヤスは銀ちゃんに見せ場を作り、小夏のお産の費用を稼ぐために、 危険な「階段落ち」に挑戦する。

しかし、ヤスが命をかけて生まれた娘のルリ子は、不治の病に冒されていた。そして小夏も、心の底からヤスを愛することはできなかった。
銀ちゃんは、自分の貧しく卑しい生まれの血のせいでルリ子が病気になってしまったのではないかと苦悩する……。

そして、新たな「新撰組」の撮影が始まる。
銀ちゃんは「俺の命と引き換えに娘の命を助けてくれないか」と祈る様な気持ちで一世一代の「函館五稜郭の石階段落ち」に挑む。
果たして銀ちゃんの祈りは、娘の病に打ち勝てるのだろうか?

(公式サイトより引用)


一幕がヤスの階段落ちまで、要するに『蒲田行進曲』部分。
二幕は銀ちゃんの階段落ちの話ということになります。

あまりにも有名な『蒲田行進曲』ですが、実は映画版は観ていません。

学生時代に小説を読み、女性蔑視や下品な表現が含まれた数多くの台詞にかなり強い生理的な拒否感を覚えました。少なくとも敢えて映画を観ようとは思わないぐらいの。
そのためこれまでに触れたつかこうへい作品はその『蒲田』の小説版のみ。

現在の感覚ではなおさらでしょう。コンプライアンスに引っかかりまくり。

ただ井上小百合が出演するとなれば観ないわけにはいきません。

この日、配信とはいえ初めて「つか舞台」に接しました。

衝撃でした。

でも、でも、でも、でも、


そこにあったのは、渦。

とんでもない量のエネルギーと感情が舞台上という中心点で渦を巻いていて、観ているこちらが引きずり込まれそうなある種の恐怖感にも似た感情。もしかしたら、演者たち自身でさえそこに引きずり込まれまいと必死に抗っているのかもしれないとさえ感じました。

うわ…画面越しでこれかよ。
そう思いました。

この熱量の芝居をリモートで稽古した?
信じられない。

「激情」「ハイスピード、ハイテンション」などと表現されるつか舞台。

その特徴のひとつともいわれるのが早口でまくし立てるような台詞回し。
でも演者の皆さんが上手いのでしょう、台詞の聞き取りはそれほど苦ではありません。

ただ普通に喋る台詞と叫びに近い台詞(これがまた頻繁にある)との音量の差が激しく、観ながらたびたびビクッとしました。ライブ配信なんで極めて困難でしょうが、ここはもうちょっとPAで調節していただけなかったものかと。

観る前に懸念していた自分自身の拒否反応は、やはりゼロではありませんでした。

特にヤスが身重の小夏を罵倒し足蹴にするところは観ていていたたまれない気持ちになり、早くこのシーン終わってくれと思っていました。

でも。

さんざん小夏をいたぶり倒した後で、汗と涙と鼻水でグチャグチャになった顔で「切なかったんだ、この心が」と吐露したヤスが、「銀ちゃん、小夏は俺の宝なんです」と語るヤスが、

なんかもう、愛おしかった。

幸せになってほしかった。

そう思ったってことは、私もきっとつかこうへいのマジックにかかったのでしょう笑


個人的に思ったのは現在のコンプライアンスに則って、かつ時代設定も現在にしてやったらどうなるんだろう。と。

スターになるために付き合ってた彼女を捨てる、のはまあありそうな話としても「スターになる」が確定するのってどのタイミングだろう、とか。
階段落ちに相当するような命がけの仕事ってなんだろうか、とか。

色々考えていたらちょっとここに書くとお叱りを受けそうな黒~い想像になってしまいました笑

ヤスも現在を舞台にしたらもっとサイコパスなキャラクターになりそうで怖い。
部屋でふたりきりになったとたん豹変したり、SNSで小夏の私生活を流して攻撃させたり。

うあ~絶対観たくない笑


だいぶ話が逸れてしまいました。

私は本当なら誰も虐げられない話が観たい。『リトル・ウィメン』が理想です。完璧に美しい世界だけど決しておとぎ話ではなく、しっかりと現実を生きる人間の美しさがある。そして現実もそうであればどんなに良いかと思います。


 

ただ、この『銀ちゃんが逝く』の登場人物たちの自分勝手で矛盾していて醜悪でありながら、己の命を燃やす姿に美しさを感じたのも事実です。

それはつか作品について時折使われる「弱者に寄り添う姿勢」によるものなのかもしれません。

うまく言葉にできないし、全面肯定もできません。
でも、観てよかった。

それだけは間違いなく言えます。


各キャストについては次の記事で書きます。

続きます。

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伝説のアンダーライブ2ndシーズンを題材にしたセミドキュメンタリー小説。あの頃の熱量を叩き込んだ渾身の50,000文字です。
 

マガジン「2019年の乃木坂46」¥200
当ブログに掲載された記事を再構成し加筆したもの。総文字数10万文字、加筆部分だけでも22,000文字以上のボリュームでブログをご覧の方にも楽しんでいただけることと思います。


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