ロスジェネはえてしてこだわりすぎる

タグ:舞台

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この記事は舞台『天国の本屋』の内容に関するネタバレを含みます。

ミュージカルであることの制約


前の記事では朗読している本の場面が背後でミュージカルとして演じられるという特徴的な演出について、楽しげだった反面、登場人物の内面の掘り下げが不十分になったように感じたと書きました。

この記事ではその理由について書きます。ちょっと辛口です。

まず、この演出によって河合郁人さん演じるさとしの朗読の何がそんなに聞く人の心に訴えたのかがよくわからなくなりました。背後のミュージカルによって加えられたのは「臨場感」や「迫力」という要素です。

でも違う気がします。
河合さんの朗読はむしろ素朴であり、幼い頃に親にしてもらった読み聞かせを思い出すようなノスタルジーを感じさせるもの。それが聞く者の心のどこかにある扉を開けるのでしょう。(原作を読んでいないので正解はわかりませんが)

演出の菅野こうめいさん自身「これ、ミュージカルになるの?と思った」末に「ある秘策を思いついた」とこの手法について語っています。
でもミュージカルありき、歌を入れなきゃいけないというのが先に立ってしまって、この物語が本来持っている繊細さや儚さといった要素がスポイルされてしまったように思います。

前の記事でも書いた通り、アップテンポな序盤の曲を声を張って歌って踊らなきゃいけない(設定の説明が観客に伝わらないため)ことが井上小百合演じるユイのキャラクター造形にも影響を与えてしまっていますし。

正直、普通の舞台で良かったんじゃないかな。
ストレートプレイでは既に舞台化されているので企画の意図はわかるんですけれどね。


ユイが主人公を好きになるのも正直よくわからないです。

しつこいくらいにつきまとって声をかけているけれど、そんなに相手のことを思いやっている様子は表現されていませんでした。自分のペースで好き好き光線出しまくってうっとうしい感じ。

押しに弱くて熱意にほだされてしまう人もいるとは思うけど、ユイはそのタイプではないのでは?
まああれだけのイケメンに猛烈アタックされたらたいていの人はなびくだろうと言われりゃそれまでなんですが笑

一応台詞では「気にかけてくれて本当は嬉しかった」的なことを言っていますけれど、そこのプロセスを描写するシーンや台詞が不足していたと思います。

奇跡は成長のご褒美がいい


ラストシーンも物足りなさを覚えました。

現実に戻る決意をしたさとしの演技は凄く良かったんですよ。
観る者に「おお!ヘブンズブックサービスで一人前の男へと成長したのか」と感じさせる晴れやかな表情と立ち居振る舞いで。

と思いきゃ言うことは

「僕は絶対彼女を探し出す」

…がっくり。

え?それだけ???人間的な成長は?大好きなあの子のために頑張るなんて小学生でもできることだよ?なんも成長してないただのイケメンのままじゃん!

そうじゃないでしょ。

志望動機もまともに言えないようなヘタレ就活生だった彼が、ヘブンズブックサービスで「誰かの心に寄り添える」という自分の良さを発見した。だからそれを活かしてこの先の人生を歩む、目先のこととしては方向性を持った就職活動を行う、ですよね。

その中でいつかユイに会えるという奇跡があれば。じゃないの?

エンディングでは現実に戻って早々にユイと再会。
しかも彼女は失っているはずの天国での記憶を取り戻していた(恐らくヤマキの計らいで、ってことなんでしょう)。

いや、ご都合主義にもほどがある。

まあ直近で観たのが『キレイ』のドロドロの世界だったんで、その反動でこういう素直に思い通りになる話が受け入れにくくなっているだけかもしれませんが笑


私が勝手に思う美しいエンディングはこうです。

何年かの時が過ぎた。
あの頃のことはもうあまり思い出さなくなったけれど、今はこういう仕事をしていて自分なりに頑張っている。

そんなある日、街中でふいにユイそっくりな女性と出会い勇気を出して話しかける。

「本がお好きなんですか?」

「ナンパですか…?」と後ずさりする彼女に

「昔、本屋のバイト仲間にあなたとよく似た人がいたんです」

微かな笑みを浮かべる彼女。で幕。
相手が記憶を失っているユイなのか、全く別人なのかは語られずに終わる。記憶を取り戻しているユイってのは正直、論外。

「あれはユイなんだろうか?」「このふたりはこの先どうなるんだろうか?」と明るい未来を予感させる余韻を持たせるべきだったと思います。
これであれば、さとしの成長した姿も描写できますし。

原作でもふたりは再会して結婚しているらしいのでそこは変えなかった(変えられなかった)のでしょうが、即ハッピーエンドはちょっと安易だなあ。


全体としてミュージカルの楽しさは表現できていたけれど、結果的に物語としての繊細さや奥深さ、余韻といったものが足りなかった。

ちょっと惜しい作品だと思います。

珍しく辛口なレポになりましたが笑、さゆがこれまでいかに作品に恵まれてきたかがわかりました。


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この記事は舞台『天国の本屋』の内容に関するネタバレを含みます。

2020年1月、よみうり大手町ホールで行われた『天国の本屋』を観劇してきましたのでレポートします。原作は読んでませんし映画版も観ていない、事前情報なしの状態で行きました。

ミュージカル+朗読


井上小百合、2020年最初の舞台。

まず、チケット取るのが大変でした。主演がA.B.C-Zの河合郁人さんだからでしょう。さすがジャニーズって感じです。年末の『キレイ』同様に1回しか観劇できませんでした。さゆの舞台ではもの凄く久しぶりです。たぶん2016年の『じょしらく弐』以来。

あらすじ


就職活動中のさとし(河合郁人)は、ヤマキ(ブラザートム)というおかしな男に”天国の本屋店長代理”にスカウトされ、一時的に天国に連れて来られてしまったごく普通の大学生。その『ヘブンズブックサービス』(=天国の本屋)では、すでにユイ(井上小百合)という不思議な魅力のある緑色の目をした少女が働いているが、さとしに全く馴染もうとしない。ヤマキは、ユイは心に傷を負いリハビリ中なのだと告げる。

さとしは、とりあえず店長代理という事で働くことにした。すると、「お兄ちゃん、これ読んで!」と、本屋に遊びに来る子供たち。そう、『ヘブンズブックサービス』には、本を読んであげるサービスがあったのだ……。

最初は気が乗らないさとしだが、子供たちの純粋さにひかれ、一生懸命要望に応えようとする。そんなさとしの姿に、ユイも少しずつ心を開き始めた。

そんなある日、ユイの過去を知るときが来て―

公式サイトより引用)

最初に思ったのは「音がデカい」でした。

PAの設定なのか本職のミュージカル俳優が多かったからなのか、最初の歌からけっこう歌声が大きいと感じました。

特徴的だったのが朗読にかぶせて演じられる劇中劇。

さとしが朗読サービスとして『泣いた赤鬼』や『ナルニア国物語』を読むと、その場面が背後で演じられる演出になっていました。演じる皆さんが芸達者な方ばかりなので非常に楽しげな雰囲気が醸し出されていました。

ただその反面、登場人物の内面の掘り下げが不十分になったように感じました。
この点については次の記事で詳述します。

アイドル+芸人+ミュージカル俳優のバランス


キャストの皆さんについて。

主演の河合郁人さん。

頼りない優男をうまく演じるのが実にジャニーズ。そして現実に戻ることを決めた時の真っ白なスーツを着た清々しい表情は見事でした。
ただ歌唱力はもうひと声という感じでした。もちろん下手ではないですし声量も十分だったのですが、若干ナチュラルにフラット気味だったように思います。
『リトル・ウィメン』の林翔太さんの印象が良すぎたので、そことの比較でそう感じるのかもしれません。

ヒロインの井上小百合。

キツい表情でいつも怒っていてツンツンしているユイ。
本人は「ユイは口調とか人との接し方とかぶっきらぼうな性格が自分に似ている」と語っていますが、さゆは本来ほわほわの表情で毒を吐くタイプなのでちょっと本人とは違いますね。
(余談ですが本人に近いのは『大人のカフェ』の「井上」かと)

過去の出来事で心に傷を負っているという設定からすると、もっと暗くてボソボソしゃべって強い拒絶の台詞だけ大きく、の方が良かった気がします。ちょっと生命力がありすぎるというか。
ミュージカルでしかも序盤の歌がアップテンポなものばかりなので声を張る必要があり、そことのバランスを考えるとあまり小声で台詞を言えなかったのではないかと想像しています。

個人的にはもっと自分の世界にこもった感じのキャラクター造形の方が、終盤でさとしに心を開くシーンでのギャップも際立つのでベターだったと思います。

そこの不満はさておき、心を開いてからラストシーンまでのユイは、清楚で穏やかなザ・ヒロイン。もちろんアイドルですから得意中の得意です笑
といってもさゆが演じた中で同じタイプは『帝一の國』の美美子ちゃんぐらいなのですが。

それ以外にも色々な姿を見せてくれてファンとしては楽しめました。
ニンテンドーSwitchをプレイしている姿は可愛いし、デニムのショートパンツで露出度も過去最強レベル。(と思ったら直後の『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』であっさり記録更新されるのですが笑)
ある曲でのダンスの腰つきが完全にフラガール引きずっている切れの良さだったのがなんだか嬉しくなりました。

ブラザートムさん。

飄々としている。もちろん普段のお姿は存じ上げませんが「普段からこういう人なんじゃないかな」と思わせる自然極まりない演技。
そしてなんかでっかい。せっかくの阿見201さんのデカさを若干薄めてしまっていました笑

ヘブンズブックサービスの凸凹コンビを演じた阿見201さんとカズマ・スパーキンさん。
歌もダンスも上手なこのおふたり。調べてびっくり、浅井企画の芸人さんなんですね。

この5人は言ってみれば別の畑からの人なんですが、それ以外の皆さんはミュージカル俳優として多くの実績のある方々。

特におばあさん役の末次美沙緒さん、やたらと歌が上手いなと思ったら劇団四季出身の方でした。そりゃ上手いわけですね。


観ていて感じたのは全体のバランスの良さ。
アイドルふたりが輝きを放ち、芸人さんたちがコミカルなテイストを加え、ミュージカル俳優の皆さんがビシッと舞台上を引き締める。

もちろんみんな歌って踊れて演技ができることが大前提ですが、それぞれの得意分野がうまく融合していました。

この舞台でさゆが観せたのはスポットライトを浴びた時にパッと輝ける能力=アイドル性。そう考えると彼女のアイドルとしての歩みは舞台女優としてもちゃんと武器になるのだと感じました。


続きます。

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キレイトリミング2
この記事は舞台『キレイ − 神様と待ち合わせした女 − 』の内容に関するネタバレを含みます。

現実も舞台の上も時は流れる


キャストの皆さんについて印象に残ったことを書きます。

まあそもそも個性的な役者さんばかり。しかもそこに超強烈なキャラクターをかぶせられているのでなんならもう全員印象的なのですが、客演の男性陣数人をピックアップします。

まずは青年ハリコナの小池徹平さん。

5年前の前回再演時では少年時代のハリコナを演じた小池さん。それが時を経て青年ハリコナになったのですから前回も観劇された方には嬉しいキャスティングでしょう。
その表情、ポーズ、立ち居振る舞いすべてが実にイカレたキザ男かつゲイでお見事。常に流し目なのが特に良かったです。あれ疲れるんじゃないかな。
そして頭脳明晰になったのにそこはかとなく見え隠れする愚かしさがまたなんとも彼の中にいる少年ハリコナを感じさせて愛おしい笑

その少年ハリコナは神木隆之介さん。

言わずと知れた超絶売れっ子ですが、これが初舞台だそうです。
個人的には天真爛漫に見えて企んでいる役のイメージが強いのですが、ハリコナはド天真爛漫。『俺よりバカがいた』を歌う姿の楽しそうなことったら。
でも出征前夜にケガレにプロポーズするシーンでは幼くて優しい繊細な愛の形を表現していてさすがという感じでした。

そしてダイズ丸。

いや、恥ずかしながら観ている間はずっと流れ星のちゅうえいさんが演じていると思ってました。「すげえな、ちゅうえいってこんなに演技できるんだ」って。マジです。
帰宅後に確認したら橋本じゅんさんという劇団☆新感線の看板俳優さんだったのですね…大変失礼しました。

戦場で目をまん丸く見開いてドタバタをやる姿が凄くちゅうえいっぽかったんですよね。そこから昏睡状態に陥ったケガレをかいがいしく看病する姿、そして大往生前の最終形態での悟り切った表情。
「さっさと食べられたい」以外何もなかったダイズ丸が「ケガレのお世話をしたい」という意志を持ち、子孫を残したいという欲(欲望ではなく)を持ち、ダイズ兵では誰も感じたことのない充足感を覚える。そんな3形態の移ろいをごく自然に演じ分けられていて素晴らしかったです。

ケガレがキレイに変わる瞬間


そして主人公のケガレを演じた我らが生ちゃん、生田絵梨花。

ケガレは映画『道』のジェルソミーナのような「聖なる愚者」ではなく「すべてわかっていたけれどあまりに辛すぎるので記憶を閉じ込めるために別人格を作り上げた」パターンです。いわゆる内在性解離でしょうか。

肝となるのは落差。

どれほどピュアに「何も知らないケガレ」を演じられるか。
そして記憶を取り戻した(取り戻してしまった)瞬間の表情。
その切り替え、その落差こそがこの役のほとんどすべてだと思います。

そのために重要なのが一幕。
いかに純真無垢で観る者に「可愛い」「微笑ましい」という印象を強烈に与えつつ、どこか狂気や危うさを感じさせることができるかがポイントになります。

そして、さすがは生田絵梨花。

見事に「純真無垢でありながらクレイジーさがにじみ出る」ケガレでした。

彼女自身、普段から「なんで?なんで?」と聞きたがっていつもメンバーを当惑させるらしいので、好奇心旺盛な演技はある意味自然体でいけたように思います。
また『乃木坂って、どこ?』『乃木坂工事中』で何度もバナナマンに対して繰り出してきた「すっとぼけた表情」も糧になったに違いありません笑

そしてクライマックスでのシリアスな演技。ずっと少女だったケガレが大人の女性のキレイに変わった時の、美しくて逞しい表情。
これまで数多くの作品で様々な女性を演じてきた生ちゃんは「自分を愛してやることに決めた」女性の顔を凄く自然に、そして堂々と見せていました。

ただ、井上小百合もこういうの超得意なんですけど笑

『夜曲』で演じたサヨちゃんがかなり近い、というか上の文章(ピュア→記憶を取り戻した表情の落差)だけ見ればほぼ同じですね。

…とこれは余談です。

話を戻すと、生ちゃん得意のコミカルな演技+本人の持つ愛くるしさ+ミュージカル仕込みの運命的な女性の顔がうまくマッチした当たり役だったと思います。

大人計画という新たなフィールドにまで活躍の幅を拡げた生田絵梨花。

期待にたがわぬ主演女優ぶりでした。


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の記事は舞台『キレイ − 神様と待ち合わせした女 − 』の内容に関するネタバレを含みます。

2019年12月、Bunkamuraシアターコクーンで行われた『キレイ』を観劇してきましたのでレポートします。

嫌悪感とメッセージと


大人計画大好き人間である井上小百合が、その中でもトップクラスに好きな作品とのこと。

「いつかケガレを演じたい」とまで言われりゃ、そりゃ観てみようかなという気になりますよね。チケット取るのがめちゃめちゃ大変でしたが笑

あらすじ


三つの国に分かれ、100年もの間、民族紛争が続く“もう一つの日本”。
その争いのさなか、民族解放軍を名乗るグループに誘拐され、監禁されていた少女(生田絵梨花)が、10年ぶりにソトの世界に脱出する。

すべての過去を忘れた少女は自ら“ケガレ”と名乗り、ダイズでできている兵士“ダイズ兵”の死体回収業で生計を立てているキネコ(皆川猿時)たち“カネコ組”と出会い仲間に加わる。回収されたダイズ兵を食用として加工するダイダイ食品の社長令嬢・カスミ(鈴木杏)と奇妙な友情で結ばれていくケガレ。戦場をうろつき、死体を拾って小銭を稼ぐ、そんな健気なケガレを見守るのは成人したケガレ=ミソギ(麻生久美子)だった。

死ぬことに憧れつつもなかなか死ねないダイズ兵のダイズ丸(橋本じゅん)、頭は弱いが枯れ木に花を咲かせる能力を持つハリコナ(神木隆之介、成人後:小池徹平)、誘拐・監禁することでしか女性と一緒にいられないマジシャン(阿部サダヲ)らと出会い、過去、現在、未来が交錯する時間のなかで、ケガレは忘れたはずの忌まわしい過去と対決することになる。
公式サイトより引用)


とてつもなく露悪的。

個人的には設定も描写も生理的に受けつけない部分がいくつかありました。

大枠では反戦なのでしょう。

死んだ兵士を食用にするという行為を「ダイズ兵」というナンセンスでちょっとだけオブラートに包んで(いや包めてないですけど)戦争という極限状況における人間を描いたのかな、と思います。

単なる兵器兼食料だったダイズ兵のひとつに冗談で生殖機能をつけたら自我を持ち、徐々に人間らしさを身に着ける。さらにそのダイズ丸と主人公のミソギが子をなす。
この展開も正直嫌悪感を覚えます。

ただこれも、戦争において個人などというものは存在せずに敵を滅ぼすための道具とされてしまうが、そんな中でも家庭を持ち子をなし生命をつなぐことによって人は人たりうる、というメッセージのような気もします。


大人計画の舞台を観たのは初めてで、松尾スズキさんがどれほど作品にメッセージを込める方でどういう創作方法なのかは知らないので、的外れな見方かもしれません。

明確に伝えたいことがあってそのための装置として物語を用いるのか
物語のアウトラインを思いついてそこに肉付けしていくのか
なにかキーワードやビジュアルイメージのようなものが閃いてそこから物語を生むのか

その辺りが気になってご本人のインタビューをいくつか見ましたが「こだわっているのは笑い」と煙に巻いておられました。

「兵器として生み出された悲しい存在」というモチーフは割とよく見ますが、どうやったらそれを「ダイズ兵」にしようなんて思いつくんでしょうね。不思議。

ゼロがいい ゼロになろう


もうひとつ、全体を通して提示されていたのは「全てはプラマイゼロ」という視点でした。

ダイダイ食品の社長令嬢でありながらダイズ兵の食用加工反対運動を支援するカスミ。

盲目だったジュッテン(岩井秀人)が目が見えるようになった瞬間に徴兵されて戦場に連れていかれたり。

ハリコナは頭に銃弾を受け頭脳明晰なゲイに変貌。しかしそれと同時に純粋さも花を咲かせる能力も、かつてケガレと心が通じ合った理由をすべて失ってしまう。
それにも関わらず彼とミソギは結婚する。

さらに最後には宇宙で蜂に刺され再び昔の彼に戻るが、そこで咲かせた花は自分の命を散らす花火。それを見て美しいと思うミソギ。

幸福と不幸が猛烈な勢いですれ違う、考えられないほどの皮肉の連続。

そしてケガレ=ミソギ自身もまた、忌まわしいく消し去りたい過去と向き合ったことにより深く深く傷つきますが、同時にそれによって新しい生きる力を得るのです。


毒々しくて猥雑で悪意に満ちていて、そこにある救いもほんのちょっと。
個人的な趣味からすると、ネガティブの量に対してポジティブ少なすぎだなあとは思います。

でも、なんかやっぱり最後は感動しちゃいました。

人間賛歌。

私の大好きな『レキシアター』と通底するものは一緒ですね。

関連記事:
【井上小百合舞台レポ】笑いとシリアス、余韻と感動。もの凄い地力の力業 ~愛のレキシアター「ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ」①

まあ「どんなちっぽけでささやかでみっともなくても人生は美しい」の『レキシアター』に対し、『キレイ』は「どんなに汚辱にまみれた人生であっても、それでも生きることは最高だ」ぐらいの違いはありますけれど。


続きます。

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蒼井優の代表作といっても過言ではないこの作品。その鮮烈な印象が残る役を井上小百合はどう演じたのでしょうか。

成長するってこと


福岡での『リトル・ウィメン』の大千秋楽からわずか12日後というスケジュール。
そして卒業を発表した直後の主演舞台。
様々な要素が絡み合い、きっとプレッシャーも大きかったことでしょう。

そんな中でさゆが見せたのは2時間の舞台の間に変化していく紀美子の「成長する姿」でした。

本人もインタビューで言っていた通り、紀美子とさゆは似ています。

最初は本当に何もないただの女の子だった紀美子。親友に誘われたというただそれだけの理由でフラを始めます。それがまどか先生のダンスを見て憧れを見つけて。早苗の思いを受け継いで、炭鉱が傾いていくのを肌で感じて大切な人たちを守りたいと願って。
どんどん色んなものを背負い続けて普通なら身動きが取れなくなってしまうのに、彼女はそれを強さに変えていきました。

そこが似てるなあと。

名もなき若者だった井上小百合。役者を目指すもオーディションで「女優よりアイドル向きの顔」と言われて最初は渋々アイドルになりますが、そこで初めてのファンができます。やがて乃木坂で大切な場所と仲間を見つけて、色んな人の思いを受け取りながら強くなって、今こうしてひとりの女優として輝いている。
そんなこれまでの歩みが紀美子の成長にオーバーラップします。

そしてラストのダンスショー。
純白の衣装を着てステージの中央に進み出る紀美子。
ただの田舎娘だった彼女がスターになるその瞬間、そしてこの物語のすべてが昇華する瞬間に、それまでずっと「もっさい顔」をしていた井上小百合が輝くばかりの笑顔を見せます。

もちろん衣装やメイクの効果もあるでしょう。でも『リトル・ウィメン』で彩乃かなみさんに感じたのと同種の「華やかさの出し入れ」をしていると感じました。

立派な主演女優でした。


「こんなときにバカみたいに笑えるわけねえべ!」


今回の『フラガール』開幕直前。
さゆ推しの方ならご存じであろう、ある出来事がありました。

さゆが同情されるのが嫌いなことも、舞台上の自分を役ではなく「井上小百合」として見られることが好きじゃないのもわかっています。

でも、早苗との別れ、先生との別れ、そして「プロだったらどんな時でも笑うの!」のシーンを観ていたら…「さゆは今どんな気持ちでこれを演じているんだろう」と考えてしまって、どうしても涙が止められませんでした。

特に駅で先生を見送るシーンでのダンス、凄まじかったです。
さゆの身体から、指先から愛が溢れていて。

想いって、目に見えるんだ。
そう感じました。


以前は憑依型と称されることの多かったさゆの演技。しかしインタビューなどを見るとむしろ逆で、自分とその役柄の共通点を見出し「だから美美子は私!」「エルザは私!」「月野うさぎは私!」というアプローチをするそうです。

そのためでしょうか。全然違う役柄をすべて見事に演じ分けているのに、それでも役のどこかにいつも彼女の生き様が透けて見える。

本人が望むと望まざるとにかかわらず、井上小百合とはそういう役者なんだと思います。
そしてそれこそが彼女の演技の大きな魅力なのではないでしょうか。

だからこそ今回の状況の中で舞台に立つさゆの姿はあまりにも切なくて、危うくて、なのにとても逞しくて。

感動なんて言葉じゃとても伝えきれない、重たくて強いものが心に残りました。


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