ロスジェネはえてしてこだわりすぎる

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deux補正2
この記事は舞台『SLANG』の内容に関するネタバレを含みます。

オーバーラップする『墓場、女子高生』


井上小百合の舞台を観るといつも思うのが「過去に演じた役柄がさゆの中で息づいている」ということです。

オネムには『レキシアター』のくノ一さんの経験が活きていました。どちらも「夢の国」でよいこのみんなに世界の理を伝えるMC。声の張り方、内面の葛藤の隠し方など、共通点が多かったように思います。

裁判のシーンはなんか『大人のカフェ』での「嘘じゃ、ない」を思い出しました。あれ好き笑

そして、伊都を演じている彼女を観てどうしようもなく思い出されたのが、『墓場、女子高生』のにっしーでした。


最初は楽しげな雰囲気だったんです。
さゆの役名が「オネム」って当て書きじゃん!とかニヤニヤしながら観てました。

でもムネオがフォエバしちゃってブラーンとぶら下がった時点(本当はメズの時点で)でさゆ推しとしては当然『墓場』のあのシーンが強烈にフラッシュバックします。
このあたりから「生きるって何だ」「自分って何だ」「真実って何だ」「現実って何だ」とか色んなことを考えさせられて、最終的には心になんかズーンと重たいものが残る作品でした。

さゆ自身も「観終わった時に頭抱えてう~ってなる感じ」と言っていましたが、まさにそれ。『墓場』そして『すべての犬は天国へ行く』を観た時の感覚が甦りました。正直、こういうの大好物です笑

これらの作品と今回の『SLANG』に通底しているテーマ。

それは「腐った世界との向き合い方(『犬』ではそれが「狂った村」でした)」ではないでしょうか。

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万理華さん観てますか


そう考えると『SLANG』の登場人物に『墓場』のそれが重なります。

腐った世界に真正面から向き合って傷つき絶望した櫂。
美しい想像の世界に逃げ込んだ自分には薄っぺらい言葉しかないことに気づいた紡。

櫂=ヒノチ、紡=ヒノチが生きていた頃のにっしー、ですよね。

伊都は、極端にはしるふたりに危うさを感じながらも、微笑ましく見守り世界との接点の役割を果たすバランサーでした。
オネムも「腐った世界の残酷な現実」を細心の注意を払って言葉を選ぶことにより良い子のみんなに伝えていました。
これは、やがて向き合わねばならない現実への備えをさせていたんですね。

真正面から向き合って絶望に墜ちるのとも、そこから顔を背けて自分の世界だけで生きるのとも違う方法。

そんな伊都の姿が垣間見えた平穏な日常での紡との会話が印象的でした。
ほんの短いシーンでしたが、母性すら感じさせたさゆの演技。
『帝一の國』の美美子ちゃんも母性的なキャラクターでしたが、無自覚に振りまいていた美美子ちゃんに対し、伊都はより理性的で深い「すべてわかった上での」ものに感じました。これもまた彼女の新境地と言っていいのではないでしょうか。

「聞く話によると、どうやら世の中は腐っているらしいじゃないのさ」
『墓場』のとても印象的な、そして重要なにっしーの台詞です。

そう語った彼女が、ヒノチの死を受け入れ、自分だけの美しい世界からも出て、腐った世の中で懸命に、でもしなやかに生きている。
伊都は、成長した何年後かのにっしーのように見えました。

この姿をヒノチに見せたかった。
「なんだよ、にっしー頑張ったじゃん」って笑いながら小突いてくれそうな気がします。

もし伊藤万理華がこの舞台を観てくれていたら、なんだかとても嬉しいです。


「にっしー、お前は今でも美しいよ」

「だよね!」

あー、もう一度『墓場』観たいなあ!笑


少し邪道な見方なのかもしれませんが、『墓場』と重ね合わせることによって『SLANG』をより深く味わうことができたような気がします。

井上小百合というひとりの演者を追いかけてきたことの醍醐味を感じました。

もう一度結論言います。

すげぇ良かった。

誰かと語りたくなる良い脚本、良い舞台でした。


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deux補正2
この記事は舞台『SLANG』の内容に関するネタバレを含みます。

2019年6月によみうり大手町ホールで行われた『SLANG』、例によって笑2回観劇してきましたのでレポートします。

二重構造の物語


結論から言うと、すげえ良かった。
最初から最後まで3時間ぐらい誰かと語りたいぐらいです笑

まず、イントロダクションはこちら。

 そこは現代か、それとも近未来か。

 誰もが個人チャンネルを持ち、睡眠時に見る夢を世界中に配信できる世界。
 日夜、ユーザーに様々なジャンルの夢を公開する『夢人』たちがいた。
 睡眠時間すらも有効活用される世の中。
 人々は好きな夢人を登録し、同じ夢を共有し、夜の快楽を求める。

 夢の中で繰り広げられる物語は、ただの作り話なのか、それとも、現実なのか。

 現実と虚構、異なる物語が交錯し、思いがけない真実の世界へと繋がっていく。
 (公式サイトより引用)


この話もあらすじ書くのが凄く難しいのです。(レキシアターとはまた違った意味で)
物語が現実と夢の中の二重構造になっていて、キャスト全員が二役。しかも現実と夢の登場人物はリンクしている。ってとこまでが前提。

主人公のバク(有澤樟太郎)は人気の夢人。プロデューサーのレム(谷口賢志)を中心にしたカンパニーの仲間たちと楽しく毎日を送っている。
よいこに最新ニュースを届ける正夢のオネム(井上小百合)と逆夢のムネオ(和田琢磨)のコンビ、いつもドッキリを仕掛ける悪夢ブラザーズのゴズ(北村諒)とメズ(赤澤燈)そして予知夢のヨチムジン(岩永徹也)など、個性豊かなメンバーたち。

しかしヨチムジンの不吉な予言から物語が動き始め、オネムと袂を分かったムネオが命を落とす。犯人はだれか?互いを疑いだすメンバーたち。

ここで場面が転換する。
夢人たちの派手派手な衣装と世界感から、一気に現実的な空間へ。

そこで行なわれているのはある事件の裁判。
被告人は小説家志望の青年、新堂紡(バク)。彼は恋人である町野伊都(オネム)の兄、櫂(ムネオ)の死について罪を問われていた。

彼は「自分がやった、罰してくれ」と言い続けるが、周囲もそして彼自身すら動機を見出すことができない。
有栖川検事(ゴズ)、牟田弁護士(メズ)、筧刑事(レム)、茨木医師(ヨチムジン)ら、それぞれの正義と思惑が絡み合いながら裁判が進む。

やがて明らかになる真相。
櫂は紡の目の前で自ら死を選んでいた。それも紡の不用意な言動を引き金に。

そして夢人たちのいた世界は、彼がこのあまりにも過酷な現実から逃れるために作り出した夢の中だったのだ。

判決が言い渡され、精神崩壊した紡は夢の中に閉じこもる。

ラストシーン。
「止めを刺して楽にしてやってくれ」と願う筧刑事と「彼に生きる力を取り戻させてくれ」と求める茨木医師。ふたりに請われるまま紡の前に立ち、壊れてしまったその姿を見た時、伊都の感情が爆発する。

そして絶叫。

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グチャグチャになって生きていけ


ラストの伊都の絶叫。
彼女の感情は観る人によって解釈が異なると思いますが、私としてはこんな感じです。

ノンフィクション作家を目指していた櫂は現実と向き合う作業を続けるうち、世界のあまりの醜悪さに書くべき言葉を失い、富士の樹海でボランティアを行なうようになりました。

逆に紡はその醜悪な世界と向き合うことを拒み、フィクションの世界で言葉を編もうとします。しかし周囲から期待される自分をただ生きてきた彼の中に本当の言葉=語るべき事柄など何もなく、行き詰ってしまいます。

伊都はそんなふたりの真ん中でバランサーの役割を果たしていました。

いい年して「腐った世界」と向き合う方法も知らないふたりの男性の未熟さを、母親のように温かく見守っていたのだと思います。

しかし、櫂の死によって状況は一変します。

やがて伊都は、櫂の死は彼自身の弱さによるもの、ただその背中を最後に押してしまったのは紡の空虚な言葉を聞いたことによる絶望だったと知ります。

精神崩壊した紡を見た時に彼女の中で燃え上がったのは、怒りでした。
櫂の弱さと紡の空虚さ、なによりもそんなふたりの弱点を知りながら何もできなかった自分の無力さに対する怒り。

そして同時に溢れる紡への憎しみと愛おしさ。

お前の薄っぺらい言葉がお兄ちゃんを殺したんだ。
それなのにお前は罪の意識から逃れるために自分の世界に閉じこもろうとしてんのか。

ざっけんな。絶対に許さない。

出て来いよ。この薄汚れてグチャグチャで吐き気をもよおす世界に出て来いよ。
そこでボロボロになってグチャグチャになって生きて行けよ。それがお前にできる唯一の罪滅ぼしだろ。

そこで、今度こそ本当の自分の言葉を見つけてみろよ。

お願いだから…


私には伊都がこう語りかけているように見えました。

「俺はニヤッと笑っちまった」


もうひとつ、蛇足なのですが書きます。

紡は「自分の動機がどうしても見つからない」と言っていましたが、私にはその動機がなんとなくわかる気がしました。

それは、自分より上にいる人間が滑り落ちていくのを見たいという、醜い醜い欲望。
「ざまあみろ」と思う、あの気持ち。

この感情をズバリ表現しているのがBO0WYが『MORAL』で歌った「人の不幸は大好きサ」というフレーズ。
初めて聴いた時はなんちゅー曲じゃと思いましたし、正直この曲嫌いだし笑、デビューアルバムのタイトル曲がこれかいとは今でもめちゃめちゃ思いますけど、まあ人間の本質をついているのでやっぱBO0WYはすげえなあって気もしますね。

助けを求める櫂に対して、紡は「ニヤッと笑っちまった」んです。

それを見て櫂は絶望したのでしょう。近しい人間から改めて突きつけられた、世界のおぞましさに。


この物語を、井上小百合はいかに演じたのでしょうか。


続きます。

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